奈良の大仏

正式には「東大寺盧舎那仏像」

日本三大大仏で不動の世界遺産、奈良の大仏です。修学旅行で見たという人も多いと思います。

出典: 【大仏を比較する!】 - 奈良・鎌倉 大仏百科

「東大寺」「奈良の大仏」「大仏殿」と呼んでいる名前は通称でしかありません。正式名称は「金光明四天王護国之寺(こんこうみょうしてんのうごこくのてら)」「盧舎那仏挫像(るしゃなぶつざそう)」「東大寺金堂」となります。しかし、現在では正式名称よりも通称の方が一般的で、こちらの方が正式名称のような錯覚さえ覚えます。

リンク: 【奈良の大仏】 - 奈良・鎌倉 大仏百科

743年に大仏建立の詔(みことのり 天皇の命令のこと)が出される。
752年に大仏が完成する。
1180年(平安時代)と1567年(戦国時代)に焼け落ちている。
現在の大仏は1692年(江戸時代)に修理されたものである。

リンク: 東大寺の大仏|社会の部屋|学習教材の部屋

鎌倉の大仏

「長谷の大仏様」と呼ばれることも

長谷高徳院・阿弥陀如来。鎌倉の大仏は鎌倉で唯一の国宝とされている仏像です。おすすめは、大仏の胎内拝観。

出典: はじめての鎌倉 おすすめ観光名所ベスト5 [鎌倉・江ノ島の観光・旅行] All About

作者は不明ですが、「慶派」(運慶とそれに連なる仏師達)の作風と宋代中国の仏師達からの影響の双方を併せ持つ、いかにも鎌倉期らしい仏像といわれています。

リンク: 鎌倉大仏殿高徳院 || 鎌倉大仏と高徳院 - 鎌倉大仏の特徴

もう一つの三大大仏とは?

時代ごとに奈良と鎌倉と並ぶ三大大仏と呼ばれた大仏があります

江戸時代には豊臣秀吉が作った京都方広寺の京の大仏、戦前は神戸能福寺の兵庫大仏、現在は富山大沸寺の高岡大仏と言われています。

出典: 【日本の三大大仏】 - 奈良・鎌倉 大仏百科

方広寺、方広寺大仏

今は無き幻の方広寺、京の大仏

方広寺は天正14年(1586)、豊臣秀吉が奈良の東大寺にならって大仏建立をこころざして、造営を開始したのがはじまりだそうです。落雷や火災にあって焼失してしまったそうです。

出典: 豊臣秀吉ゆかりの寺を訪ねる「方広寺」 | 京都観光情報 KYOTOdesign

京都市埋蔵文化財研究所の調査により、大仏殿の規模がほぼ明らかになってきました。
1998年度の調査では、南面石垣の様子、南門は八足門で、回廊は複廊であったことがわかりました。2000年度の調査では、大仏殿の規模や台座の形、大仏の位置、建物中軸線がわかりました。

リンク: 幻の方広寺大仏2

能福寺、兵庫大仏

胎蔵界大日如来像・毘慮舎那仏

兵庫大仏は急増したキリスト教に対抗して作られたと言われています。

出典: 兵庫大佛 能福寺[観光]|神戸公式観光サイト FeelKOBE

1891年(明治23年)豪商・南条荘兵衛の寄進により建立された初代の大仏は座高が8.5mでした。

兵庫大仏は1944年(昭和19年)第2次世界大戦の金属回収令で国に供出されましたが、大仏建立100年目の1991年(平成3年)再建されました。金属回収の際、大仏の胎内に納められていた胎内仏は供出されることなく保存され、大仏が再建されたとき再び胎内に納められました。

リンク: 能福寺と兵庫大仏/神戸市

大佛寺、高岡大仏

銅造阿弥陀如来坐像

富山では射水市の小杉大仏、砺波市庄川の庄川大仏と並んで「富山三大大仏」の一つとなっていて、日本三大大仏の一つとして数えられているそうです。

出典: 自称・日本三大大仏?「高岡大仏」の歴史と魅力 [富山の観光・旅行] All About

銅器の生産で有名な高岡の銅で作った町のシンボル的存在。1907(明治40)年に着工され、1933(昭和8)年に完成したもので、総高15.58m、建設に使った青銅は1万3125kg!その規模は奈良・鎌倉に次ぎ、日本三大大仏の1つを名乗っています。

リンク: 富山県高岡市(1)〜高岡大仏と古い街並み〜