紙の建築家:坂茂建築設計の大分県立美術館と椅子のある風景
どこにいても、「何気なくある椅子」が気になる。そして、その場所、空間の一部になりきっている風景がそこにある。今回の椅子のある風景は、大分市の市街地に新設された大分県立美術館。
大分の土壌をあらわす、「大分らしい」をコンセプトにデザインされた開放的空間に佇む椅子、それも一風変わった素材でできた椅子のある風景。
取材を終え、その直後に起こった熊本・大分大地震。両県では甚大な被害が発生し、復旧・復興にはかなりの時間が要する状態。
熊本や県中部に比べ、大きな被害は起きていない大分市街地に、2015年4月に大分県立美術館は開館した。
地元工芸品の意匠を建築に活かした美しい大分県立美術館
取材当日は、雲ひとつない晴天。
とにかく真っ青な空が似合う箱の建物:大分県立美術館。木組が印象的な外観も含め、大分の地元工芸品の意匠を建築に活かした美しい美術館だ。
デザインは、坂茂(ばん しげる)建築設計。設計は、坂茂建築設計の坂茂、平賀信孝、菅井啓太。
坂茂氏といえば、「紙」をつかった建築やプロダクトをライフワークにしている建築家。
紙といっても、表層的なものとしてではなく、構造材として紙を活かす真っ向勝負のデザインだ。
被災地で生きる紙の建築とプロダクトデザイン
奇しくも、坂氏の建築が大きく報道されたのが「震災」。1995年1月の阪神・淡路大震災。(仕事先のホテルの早朝、映画:地獄の黙示録のワンシーンのようなテレビ報道に釘づけになったから良く覚えている)
大震災で焼失した神戸の教会跡にコミュニティーホールとして建てられた「紙の教会」。
紙の教会 (引用:坂茂建築設計 オフィシャルHP)
紙の教会 (引用:坂茂建築設計 オフィシャルHP)
この建築をデザインしたのが、坂氏。即効性と簡易性のある建築方法で、当時、紙でこのような建築を、それも公的建築に用いるとは……「目から鱗」だった。
建築後10年を迎えた紙の建築は、神戸同様に被災した台湾に移築されている。
建築の主素材は、「紙管(しかん)」。
同素材でのプロダクト:CARTA SERIES(カルタ シリーズ) なども手がけている。
CARTA SERIES(カルタ シリーズ) (引用:坂茂建築設計 オフィシャルHP)
紙管と合板を素材とする椅子やベンチ、パーテーションなどの一連の家具。
紙管はアルミホイルやラップ、トイレットペーパーなどの芯に使われる身近な素材。大きいモノは土木や建築の現場でコンクリートの型として普通に使われている素材だ。
面白いもので普段見慣れたモノが全く違う用途になると、「驚き」に変わる。視野が一気に広がるというか、「やられたぁ!」というか、とにかく身体中に「衝撃」が走る。
アトリウムの中の椅子のある風景
ここ大分県立美術館でも、建築はもちろん、坂茂建築のアイコンである紙管を使った椅子や家具たちにピントが定まってしまう。美術館は地上4階地下1階の空間構成となっているが、各空間にこの「紙の家具」が佇んでいるから、うれしくなってしまう。
まずは、エントランスから左はミュージアムショップ、正面には奥に迄広がる1階大空間(アトリウム)。
左手は高い天井までガラスの開口。
このガラスサッシ全体が折戸となって昇降し、大開口となるのだから、さぞかし心地良い!だろう。
イベント開催時等は、外と内がつながる「縁台」のような空間になる。
アトリウム全体に配置されたテーブルと椅子は、カフェと憩いの空間。
ここの椅子は、紙管と合板によるカラフルでかわいらしい椅子。
いかにもデザインしました!感ではなく、やさしく馴染んでくる。
また、奥の空間にも素敵な椅子の風景がある。
大きな白壁と四角に切取られた外風景、コントラストの効いた採光が作り出す陰影……それら呼応するように白いイージチェアが、ならんでいる。
椅子は無垢材の木を単一のL型ユニットを繰り返し使っている。軽量化とジョイント(組立てるための接合)用にあけられた穴が「顔」となっている。
エスカレーターで2階へ。
建築家の視点がみえてくる繊細なディテール
低く横に広がる空間を前に、飛びこんでくるガラスのパーテーションと紙管の椅子。2階にあるカフェ:シャリテで、「例のアイコン」を見つけた。
店内は間仕切り、テーブル、椅子などはすべて紙管と合板でできている。
大小の紙管を用いた間仕切り、テーブル、ベンチ、椅子が軽やかに佇んでいる。
特に椅子は、ストローのような細い紙管の連続が見事な曲線を描いて、美しい。
グッと椅子に寄ってみる。
切りっぱなしの紙管とそれらを支える脚は合板で出来ている。
紙管という素材の印象からラフなつくりのように見えるが、ディテールは至って繊細。
椅子の背後にあるガラス越しの間仕切りも寄って見ると整然と並んだ輪切り紙管のジョントは、ボルトナット。
紙管といい、合板といい、ボルトナットといい、全て工業製品の定番をそのまんまサラリと組上げている……建築家のモノづくりの視点がみえてくる。
目を奪われる木組の天井と空を切り取る「天庭(あまにわ)」空間
3階の屋外展示空間へと、進むと「わ~~ッ!」……思わず声が出る。
「天庭(あまにわ)」と名の屋外展示。中庭的存在の空間だが、なんといってもポっかりと切取られた空と天井を構成する木組みに眼を奪われてしまう。
木組みは、大分特産の竹製品に使用される竹の編み方…調べると「六つ目編み」という基本的な美しい編み方…を引用している。
あまりの美しさに天井と空に見とれながら回遊してしまう。
この美しさと空間感は写真ではとても画面に収まらない……動画(青空の中、大分県立美術館)で撮ってみた。
壁際にあるベンチに座り切取られた青空を見上げると、一瞬何所にいるのか?……わからなくなる。
まるで、「自分のために時間と空間を切取った場所にいる」と、錯覚してしまう。
それは、紙管という身近なモノや見慣れたモノをあらためて見つめ、その使い方や活かし方を切取って魅せてくれる建築家:坂茂氏がつくる空間に居るから、だろうか?
そんな想いに揺られながら、この空間を愉しむひとときは、至福の時。
2015年、JIA日本建築大賞を受賞した大分県立美術館、見慣れたモノだからこそ今迄とは違う景色をみせてくれる空間と紙管の椅子の風景が此処にある。
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