闇の中に、エメラルドグリーンに輝く瞳がふたつ。暗闇に目がなれてくると、その猫のカラーがダークなチョコレートブラウンだとわかる。ほっそりとした、しなやかな肢体。長いシッポをくゆらせる猫は所在なさ気にも、自信に満ちあふれているようにも見える。

ハバナブラウン

ハバナブラウン

ハバナブラウンという猫をご存じでしょうか。

大きな耳、透き通るような緑色のアーモンドアイ、身体にぴったり張りつく毛並みは極上のビロード感。とても頭がよく、好奇心旺盛、俊敏で華麗な動き。人が大好きで、その人と信頼関係ができると心底からの愛情で甘える反面、そんな自分を冷ややかに分析する二面性を持つ猫。

佐藤健さんに初めてお目にかかった瞬間、わたしの頭の中に浮かんだのは、このハバナブラウンの姿でした。


猫に愛された俳優「佐藤健」の“猫歴”

映画「世界から猫が消えたなら」(略称「せか猫」)を試写で拝見した時は、まだ佐藤さんと猫の関係を知らず、ただただ佐藤さんの猫扱いのうまさに「コレはただ者ではない」と感じました。

映画の主人公「僕」は子どものころから猫と暮らしてきたという設定だから、上手に猫を扱うさまを演じているのか? それとも佐藤さんのいままでの人生が、猫と深く関わってきたものだったから自然とにじみ出ているのか?

「僕」はとても無造作に猫を触り、抱き上げ、懐に入れ、自転車のかごに乗せ、一緒に眠ります。一見乱暴にすら見えるほど、なんの気負いもない「手」。ですが、その手は猫に触れることが楽しくてうれしくてたまらないことを伝えてきます。

文字で説明するのはかなかなか難しいですが、猫好きな方なら猫に触れるときの喜びがきっとおわかりいただけるはず。
猫に愛された俳優「佐藤健」

猫に愛された俳優「佐藤健」


今回のインタビューでは、まず佐藤さんの猫歴から伺ってみました。

「生まれたとき、すでに実家で猫を3匹飼っていましたね。レオとチロとクロベエという名前です。で、やがてチロ1匹になり、小学校か中学校ぐらいの時にコチローがやってきました。そして、コチロー1匹の時代があり、たぶん高校ぐらいの時にプチローがやってきました。そのタイミングで僕は実家を出ました。それが僕の猫歴ですが、実家にはいまも猫がいます」

コチロー君とプチロー君は、どういうご縁で佐藤家に来たのでしょうか。

「たぶん二匹とも、妹か誰かが拾ってきました。そのまま飼い始めたという感じです。(歴代の猫は)皆拾ってきたか、友達のところで生まれた子たちです」

猫と共に成長してきた佐藤さん。猫は彼にとって、時に友達であり、アニキであり、寂しい時、うれしい時、退屈な時、同じ時間を共有し成長してきた家族。そこにいるのが当たり前、空気のような存在なのでしょう。


役者・佐藤健が「世界から猫が消えたなら」で演じる「僕」

いままで数々の映画やドラマで、不良になったり、侍になったり、料理人になったり、漫画家になったりと、さまざまな人の人生や時間を演じてきた佐藤健さん。しかし「せか猫」では、いまの佐藤さんの実年齢に近い、現在を生きる等身大の青年を演じています。

郵便配達員の仕事をする「僕」はごくごく普通の青年。しかしある日突然、自分の余命が短いことを知ります。
主人公の「僕」はある日突然、余命が短いことを知ります

主人公の「僕」はある日突然、余命が短いことを知ります

「(映画を)観た人が『この子が死んだらイヤだな、悲しいな』と思える子にしたかったですね。仕事も一生懸命やっていただろうし、家族に対する愛もちゃんと持っていただろうし、まじめにいろんなことに取り組んで、猫にもちゃんと愛を持って接していた。誰かに害があったりするわけでもないのに、突然病気で余命宣告を受けてしまう。これがとても悲しいことなんじゃないかと思い、そういう青年にしたいなっていう思いはありました」


「僕」と「悪魔」の演技プラン

余命宣告を受けた「僕」の前に現れたのは自身と同じ姿をした「悪魔」。「悪魔」は「僕」に「世界から何かひとつ“もの”を消したら、寿命を一日延ばしてあげる」と提案します。

そして「悪魔」は「僕」の人生に関わってきた想い出につながる「もの」を消していきます。

この「僕」と「悪魔」の二役を演じるに当たっては、自分で組み立てていた演技プランと、監督が求める演技プランに違いがあり、少し葛藤があったそうです。
「悪魔」のような微笑みを魅せる一方で、まじめに一生懸命生きる「僕」も表現します

「悪魔」のような微笑みを魅せる一方で、まじめに一生懸命生きる「僕」も表現します

「「悪魔」は非現実的な、実際には存在しないキャラクターなのでちょっとファンタジー感のある芝居をしました。言葉で説明するのは難しいですけど、リハーサルの時は若干トゥーマッチな芝居をやっていたと思います。服装も髪型も同じなので、自分から大きく二つの役を変えないと、観ている人がわからないんじゃないかという心配があって。そしたら監督が『全然もっと普通でいいから』と。

最終的には監督から『そこら辺にいる兄(あん)ちゃんみたいな感じ』にして欲しいって言われて、非現実的なキャラクターから実際にその辺にいそうな、リアルな人物像になっていった感じです。「悪魔」と対峙する芝居では、(一人二役のため)目線を合わせるのが一番難しかったかな。実際には相手がいない空間で、芝居したときの動きに合わせて目線を動かすところは正直難しかったですね」


その一方で、佐藤さんみずから「悪魔」の演技プランを提案することもあったそうです。

「服も同じ、髪型も同じ二役を演じているのを想像したときに、“指がちょっと長い”というのは、演じる上でも使えそうだし、キャラクター作りにすごくいいんじゃないかと思って、提案させてもらいました。監督も『わかるかわかんないかぐらいの微妙な違いだったら面白いかもしれないね』って言ってくれて、採用してもらいました」
映画では雄弁に語る「悪魔」の指にも注目です。

映画では雄弁に語る「悪魔」の指にも注目です。

佐藤さんのアイデアで生まれた、特殊メイクによる1.5cm長い「悪魔」の指。映画に「悪魔」が登場したら、ぜひ指の演技にご注目ください。何も知らずに映画を観たわたしは、とても雄弁な「悪魔の指」の残像が頭に残りましたが、インタビューでそのカラクリを伺って合点がいきました。


確実に先に逝ってしまうものに対する愛情、そして「僕」と「父親」の関係

映画の中では、初めて飼った猫の「レタス」が母親の腕の中で亡くなります。闘病中で気落ちしてしまった母親の前に、レタスそっくりな「キャベツ」がやってきて、落ち着きを取り戻す家族。

猫は人間よりも早い時間の中を生きています。だから、猫が先に死ぬのは当たり前。そして、恋人や夫婦とも、永遠の関係が続くかどうかわからない。そんな“失うかもしれないもの”に対する佐藤さんの人生観を伺ってみました。

「それに関してはほんとうに難しいし、わからないですけど……それこそ、猫を飼っても自分より先に死んじゃうから、その時のことを考えて飼わないって人もいるんだと思います。でも、小さいころに父親が『そういう考え方は絶対に間違っている』みたいなことを言っていました。その言葉はずっと心に残っています」
猫たちは家族をつなげる重要な存在でもあります

猫たちは家族をつなげる重要な存在でもあります

劇中の「僕」は母親が亡くなった後、家を出て数年間、父親との関係を絶ちます。父親は愛情のない人ではないことはわかっています。父親と心がつながる思い出もあるのに、歩み寄ることができないふたり。佐藤さんは「僕」と「父親」をどのような関係と感じて、演じられたのでしょう。

「映画の中で描かれてないようなこともたくさんあったと思うんですけど、単純に父親と息子の関係って照れくさいとか、色々ありますよね。たぶん父親は父親なりに息子に素直になれないし、息子は息子で父親と喋るのは照れくさいし、正面から向き合うのもなんか恥ずかしいところがあるから。ちょっとした理由をつけて『もうオレは父親と話さない』みたいになってしまうところはすごく理解できます。

自分もたぶん20代後半とか30代前半ぐらいの年齢だと、まだ親に対してそういう想いがあってもおかしくないと思う。でも、どっかでいつか変えなきゃいけないなって考えている時期だったのかもしれません、映画の中の「僕」は」
言葉を大切に選んで語ってくれる佐藤さん

言葉を大切に選んで語ってくれる佐藤さん

同じ男同士だから、なかなか難しい場面があるのでしょうか。この辺、同年代の男性、お父さん世代に映画の感想を伺ってみたいところです。


「レタス」と「キャベツ」を演じた天才役者猫

映画に登場する「レタス」と「キャベツ」は、俳優猫のパンプくんが二役で演じています。猫とガッツリ共演するのは初めてかもしれないという佐藤さんに、パンプくんのことも伺ってみました。
キャベツをコートに入れるためにはある秘密が……

キャベツをコートに入れるためにはある秘密が……

「猫は基本的に人が怖いから、人がたくさんいる場所だと逃げちゃうんです。そして逃げたら隠れて出てこないのが普通なんですけど……パンプくんはそれが1回もありませんでした。自転車のカゴに乗っているシーンとか、ふつうはあんなおとなしくできないと思います。特にすごかったのは、レタスが死んでしまうシーン。一度も目を開けなくて、ちゃんと死んでいるんですよ。死ぬ演技をしていました。パンプくんは、天才ですね」

映画のこのシーン、わたしはてっきりレタス君そっくりな縫いぐるみと思って観ていました。まさか「生きている猫」が「死んでいる猫」を演じているとは想像もせず。これはまさくし、迫真の演技です。ぜひお母さんの腕の中の「レタス」にご注目を!

そのほかに、パンプくんとの共演で観て欲しいところ、スペシャルな情報はありませんかと伺うと。

「パンプくんがタオルを巻かれているところ。あれは造形物として完璧ですね。それと、(パンプを)自分のコートに入れて演技するのもなかなか難しかったです。普通のコートのサイズ感だと猫は入らないから、衣装さんにコートの背中を切ってもらって、服の中に入れて芝居しました。そこも見所だと思います」
「造形物として完璧」と佐藤さんに言わしめたパンプくん

「造形物として完璧」と佐藤さんに言わしめたパンプくん



これから猫と暮らしたい人へ、佐藤健さんからアドバイス

生まれる前から猫がいる家庭で育った佐藤さん。猫から教わったことについても聞きました

「初めてのお葬式が猫のお葬式だったんです。だからいのちの大切さ、いのちが消えていく瞬間をはじめて目の当たりにしたのが猫でした。俳優という仕事はどんなことも無駄にならないというか、どんなことでも生かせる仕事ですから、猫のお葬式のような気持ちがすごく大きく動く経験は、芝居をする上でとても参考になるし、重要なエネルギーとなります」
映画でも現実世界でも、猫はさまざまなことを教えてくれます

映画でも現実世界でも、猫はさまざまなことを教えてくれます

また巷では昨今、空前の(?)猫ブーム。猫生活大先輩の佐藤さんから、この先猫と暮らしてみたいと考えている読者の方へのアドバイスを伺いました。

「思いやりと愛情さえあれば大丈夫だと思います。あとはいかに面白い遊びをみつけるか。単純に猫じゃらしとか、(うちの猫は)犬みたいに投げたらくわえて持ってきたりするのとかもやりますね。でも、ニット物を着て遊ばない方がいいですね(笑)。畳とかもヤバイので、そこは気をつけて下さい」

「世界から猫を消したら寿命が延びるとしたら、佐藤さんは猫を消しますか?」と最後に伺うと、「消さないですね」と即答でした。

世界から猫が消えることで自分の命が一日延びるよりも、猫がいる世界の方がステキ。空気や水や太陽が消えたら、たとえ寿命が延びても生きてはいけない。この世界には猫がいなければならないのです。

たくさんのステキな言葉とも出逢えるこの映画ですが、たぶん多くの猫同居人が納得できる台詞が、お母さんのこの言葉ではないでしょうか。

「人間が猫を飼っているんじゃない
猫が人間のそばにいてくれているのよ」


映画「世界から猫が消えたなら」は、5月14日(土)から、全国の映画館でロードショー公開です。是非、劇場で「僕」が生きてきた「僕」の世界を体感して下さい。これは、猫が紡いだせつなくもやさしい家族の愛の物語です。ハンカチをお忘れなく。

(インタビュー写真撮影:泉 三郎)等


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キャスト:佐藤 健 宮崎あおい(崎は“山”へんに“竒”)
濱田岳 奥野瑛太 石井杏奈
奥田瑛二 原田美枝子
原作:川村元気「世界から猫が消えたなら」
監督:永井 聡
脚本:岡田惠和
音楽:小林武史
主題歌:HARUHI「ひずみ」(Sony Music Labels Inc.)
公式サイト www.sekaneko.com
(C)2016 映画「世界から猫が消えたなら」製作委員会



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※ペットは、種類や体格(体重、サイズ、成長)などにより個体差があります。記事内容は全ての個体へ一様に当てはまるわけではありません。