観客を圧倒する、Coccoの新境地
岩井俊二監督が、長編の実写作としては『花とアリス』以来、12年ぶりにメガホンをとった映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016年3月26日公開)。黒木華さん、綾野剛さん、Coccoさんら、その豪華な役者陣も話題となっています。今回は、里中真白(ましろ)役で出演したCoccoさんに突撃インタビューを敢行。演じたのは物語の鍵を握る難しい役どころ。劇中歌『コスモロジー』も担当した彼女の演技にかける思い、そして2016年の音楽活動について話を聞いてきました!
演技への憧れは幼少からあった
"Cocco"といえば「シンガーソングライター」というイメージを持つ人が多いかもしれない。が、近年ではお芝居の分野でも精力的に活動しており、その実力は高く評価されている。2011年には映画『KOTOKO』(塚本晋也監督)で初主演を務めた後、2014年に舞台作品『ジルゼの事情』でも主演。デビュー前はバレリーナを目指していたという経歴もある彼女だが、いかにしてお芝居と出会ったのだろうか。―――主演された舞台や今回の映画を拝見して、Coccoさんらしさを残しながら、とても「自然体」に演じていらっしゃる姿に驚きました。元々お芝居に興味はあったのですか?
Cocco:実はお芝居はずっと昔からやりたかったんです。だけど誰にも相手にしてもらえなかったから、「そろそろ本気にとってくれないとオーディション雑誌買って応募するよ!」って言い回っていました(笑)。そうしたら知り合いの編集者の友達が劇団を紹介してくれて、それが初舞台の『ジルゼの事情』につながりました。
それまで演技の経験はほとんどなくて、小さなころの学芸会でも、演じたのは戦争の炎の役とか、波とか魚とか、人間の役ですらなかったです(笑)。一番良かったのが小鳥かな。ただ、自分の経験としては何もないけど、祖父(=琉球芝居の第一人者・真喜志康忠氏)がお芝居をやっていたのを観て育ったから、舞台に立ってみたいという思いはいつもありました。それから、これは偶然ですが、デビューしたときのディレクターに「将来、Coccoはきっと芝居をするようになる」とずっと言われていました。そのときは真に受けてなかったのですが、あるときからその言葉を証明したいって思うようになりましたね。今になって、眠っていたというか、蓄えられていたものが、目覚めたのかもしれないですね。
岩井俊二監督との出会いは、実は13歳のとき!?
そんなCoccoさんの演技力に着目し、ラブコールを贈ったのが岩井俊二監督。2014年の初主演舞台『ジルゼの事情』が、オファーのきっかけとなったようだ。しかし、Coccoさんによれば「その何十年も前に、岩井俊二監督と運命的な出会いをしていた」とのこと。その真相は?―――岩井俊二監督との出会いは、Coccoさんの主演舞台『ジルゼの事情』(2014年)を観覧されたことがきっかけだそうですね。
Cocco:そうなんです。『ジルゼの事情』を岩井監督が観に来てくれて、その一週間後に(映画の原案となる小説の草稿)本が送られてきました。それを読んで「私、明日からでもできます」って言いました。考えなきゃいけないことや理解に苦しむことが何一つなかったから、「私がやるものだ」という感じでした。里中真白という登場人物が自分の中でストンと腑に落ちたんです。この役は、「まさに運命!」という感じでしょうか。
―――岩井監督の世界観とCoccoさんの世界観がシンクロした瞬間ですね。ひょっとして岩井作品をよくご覧になっていたとか?
Cocco:実は、まったく観たことがなかったんです。正直にいうと、一作だけ……。ただ、その一作に、「運命」を感じさせるようなものがあって。13歳くらいのときにたまたまテレビを観てて、「これを作った人に会わなきゃいけない!」と思ったんです。そのとき、エンドロールに書いてあった監督の名前を急いでメモして、大切なものだけをしまっておく宝箱の中に入れておきました。そんなことをしたのはそれが初めてでした。
で、そのとき書いた名前が「岩井俊二」だったんです。そのときは映画監督だということも知りませんでした。それから25年も待って……もう会えないんだと思っていたから、(2014年に)舞台を観に来てくれたときはうれしかったし、正直、「長かったなぁ」って思いましたね(笑)
―――その「運命」の作品とは、いったい何だったのでしょう? とても気になります。
Cocco:この話をスタッフやいろんな人に言うと、そろって『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』だろうって言うんですよ。それで最近、DVDを借りてきて観たら「うわ、初めて見るし、これ」って(笑)。実はまだ分からないんです。
「岩井監督がライブのMCを全部書き起こして、セリフを作っていったんです」
Cocco:今回はタンスを空ける間もなく、ただただタンスを監督にはい!って渡しただけです。普通にスタートがかかって始まってるんだけど、ついつい、(黒木)華ちゃんのことを役名の七海(ななみ)じゃなくって華ちゃんと言っちゃったりして。お芝居ととリアルの境界線がない感じでした。「真白になるぞ」というスイッチを入れずに、普通にただ監督の手の中で楽しく過ごしたという感覚がありました。
先ほども言ったように、本が来たときに「これは私がやるものだ」と思ったんですね。セリフを覚えるということもあまり意識しなくて。自分が思っていることをそのまま言えばセリフがそうなっているんです。だから、「監督はなんでこんなに私のことを知ってるんだろうって(笑)」って不思議に思いました。やっぱりこれは「運命的だわ」って思ったのですが、これにはカラクリがありました。
映画の撮影が終わった後、プロデューサーから聞いたのですが、「実は監督はCoccoのライブを全部観て、MCを全部書き起こしてからセリフを作ったんですよ」と。私が自然体で演技できるように、全部監督がお膳立てしてくれたんですね。こんなに自由にやらせてもらって本当に大丈夫かな、って思うぐらいでした。とってもうれしかったですし、「監督すごい!」ってあらためて思いました。
お芝居は、つらかった歌を20年続けてきたことへのご褒美
1997年にメジャーデビューし、1998年リリースの2ndアルバム『クムイウタ』がオリコンウィークリーチャート初登場1位を獲得した。途中、活動休止期間を経て現在まで8枚のオリジナルアルバムをリリース。2014年10月には新作『プランC』を発売している。そして、近年では、女優業も。音楽活動と女優活動を両立する彼女だが、表現する上で何か違いはあるのだろうか。Cocco:お芝居のお仕事は全て楽しいことばかりですよ。今回の撮影もすごく充実していました。一方で、歌手としての活動は、そうではないんです。ライブで人前に立つときも、「明日がライブだ!」ってわくわくして寝ることは一度もなくって。その意味で、歌を20年近く頑張ってきたから、今回の映画はご褒美なんだ!って思えましたね。
―――そんな「辛い」部分があったからこそ、「Coccoさんの歌は力強くて、聞くものに訴えかけるんだ」と今、納得できました。ちなみに、映画の主題歌「コスモロジー」は2014年に発売したアルバム『プランC』の最終トラックですね。この曲はどのようにしてできあがった曲なのですか?
Cocco:2014年の舞台(『ジルゼの事情』)出演後にアルバムのレコーディングが始まって、「コスモロジー」は既にデモを録っていました。実は『リップヴァンウィンクルの花嫁』のために書いたわけではないんです。その後、先ほど話した岩井監督から送られてきた本を読んだら「この曲この映画にぴったり!」と思って。これも運命ですね。例えば、この曲には「勝手言ってらババア」という歌詞が登場するのですが、それを劇中のりりィさん(真白の母親役)のことを歌ったんじゃないかって色んな人に言われます。
―――「コスモロジー」という曲自体はどういうイメージというか、コンセプトで生まれた曲なんですか?
Cocco:人の人生には「今がいらない」って考えてしまう瞬間がどこかであると思うんです。土曜日の遠足も日曜日のデートも楽しみだし、その次の日曜の結婚式の靴も買ってるんだけど、水曜日の今がいらないっていう瞬間がある。遠足のことをないがしろにするだとか結婚式に出たくないとか誰かを悲しませようとかではなくて、誰の何の声も聞こえない穴みたいなところに落ちてしまう瞬間があるんです。ただ、一方でそういうことをわかってくれない人もいる。私の中のどこかで「なんでみんな分からないんだろう?」っていう憤りがあるんですね。「コスモロジー」は、そんな疑問から生まれるエネルギーがもとになっているかもしれません。
―――Coccoさんの曲作り、とても興味深いですね。
Cocco:私は楽器も弾けないし音符も読めないし、コードも4つくらいしか分からない。弾き語りのライブをするときは、自分のCDを聴いて音を耳コピしています。だから楽器で何か曲を作ったことがないんです。楽器ができる人の前で私がアカペラで歌って、「はい、やって!」って(笑)、そんな感じで作っちゃう。「こういう曲を作ろう」とか頭で考えてつくるんじゃない。ただイメージが浮かんできて、そこに音や言葉が……例えて言うと、映画『スター・ウォーズ』のクレジットが「ダーっ」と出てきますよね。あの感じです。あの「ダーっ」を一生懸命追うんだけど、文字に書いたら間に合わないから、即興で歌うんです。それを誰かがギターやキーボードで再現してくれて……、一個一個パズルのピースを探して当てはめていく感じですね。歌詞についても同じで、「どういう意味なんですか?」ってインタビューとかで聞かれても、自分でわからないんです。だって『スター・ウォーズ』みたいになってるから(笑)。
「2人で寝て、撮ってみようか?」 リハだと思ってふざけあってたら一発OK
インタビュー中は終始笑顔で、まわりを笑わせてくれたCoccoさん。語られるエピソードからも、楽しみながら撮影にのぞんでいたことがひしひしと伝わってきた。Coccoさんと岩井監督の運命の出会いとなった本作、撮影中もあっと驚くようなエピソードはあったのだろうか。そして、映画のみどころとは?―――映画公開を前に一言! 監督のこだわりを感じたエピソードなどはありますか。
Cocco:七海が友達と鍋を食べた後パーカーをかぶって帰るシーンがあるんですけど、アレは、監督がその画を撮りたいがためだけに鍋のシーンを丸々入れたんじゃないかって思ってます。その画のためにそこまでこだわるのはスゴイし、それに付き合うみんなもみんなだなって(笑)。ほんと、「岩井組よ永遠にあれ!」って思いました。
そういう点も含めて、この作品はすごく贅沢な映画だと思う。決してエンターテインメントしてる派手さ、めくるめくなにかがあるわけじゃないんですが……普通にありそうな生活、でも特別なことを3時間、こうやって映画にできるっていうことが贅沢。それを映画にしてしまう岩井俊二監督も贅沢だし、キャストもスタッフも全部がすっごい贅沢な映画だなって思います。
―――終盤、Coccoさんと黒木さんがウェディングドレスを着るシーンは、視覚的にも贅沢感がありました。撮影も長回しで大変だったと思いますが……。
Cocco:ベッドのシーンですよね。実はあれ、一発撮りなんです。監督が「右、左」と細かい指示も言わないし、ここでこういう風にしろとも言わない。ただ「2人で寝て、撮ってみようか?」って。カメラも1台しかなかったから、まずリハーサルをしてカメラワークを詰めるんだろうなと思っていたんです。「(撮影は)長丁場だろうね、ご飯食べれるかな?」なんて言ってたんですが。リハーサルだと思って「カメラの動きが決まればいいな」と思いつつ華ちゃんと自然に、流れでやっていたら、岩井監督が「カット、OK!」って。それで、私たちのほうは「本当?」って(笑)。ダメだった場合の保険も何も撮ってないし、現場のモニターチェックも監督しかしてないから、どうなってるかわからなくて。それで、完成後の試写会で初めてそのシーンを観たら、役者もスタッフもみんなが同じ方向を向いているピークが、あの1回のテイクにすべて集約されていたんです。これは奇跡だね!ってみんなで喜び合いました。
―――ちなみに、今後もお芝居は続けていきたいですか?
Cocco:もちろん続けたいですけど……やっぱりお芝居はあまりにも楽しすぎる。「こんなに楽しいことをしたから、次は辛いことをしなきゃいけないんだろうな」って思ってしまうくらい(笑)。私、ちょっとM的な部分があるから「働かざるもの食うべからず」って考えちゃうんです。
―――それはつまり……歌うCoccoさんがまた観られるということでしょうか?
Cocco:はい、おめでとうございます(笑)。本当に今回の映画はお釣りが来るくらい楽しかった。でもファンからは「お芝居楽しかったです。次はツアーに出て!」ってお手紙が来るから……まあ、「ああ、そうだよねー」ってなりますよね(笑)。
インタビューでは役柄のままに、気さくに話してくださったCoccoさん。インタビューの言葉から、お芝居を心から楽しんでいる天真爛漫な様子と、一方で「歌は自分の使命として、届けなければいけないもの」という自負を感じました。そんな、Coccoさんの魂こもった主題歌「コスモロジー」と、幸福感にみちあふれた演技のシーンの両面が楽しめる映画『リップヴァンウィンクルの花嫁』、必見です!
【作品情報】
『リップヴァンウィンクルの花嫁』
監督:岩井俊二
出演:黒木華、綾野剛、Coccoほか
2016年3月26日(土)より全国にて公開。
(インタビュー撮影/泉 三郎)