ロック・ポップス

ビートルズ来日50周年!初代ディレクターが語る秘話

2016年6月、ザ・ビートルズが来日して50周年を迎える。世代を問わず今なお人気の理由は何か。日本で同バンドの初代ディレクターを務めた高嶋弘之氏に話を聞いた。楽曲タイトルの邦訳についてのこぼれ話、奇策を講じたプロモーション、音楽への愛……。伝説を知る男による珠玉のエピソードをご堪能あれ!

執筆者:All About 編集部

ビートルズ来日50周年

2016年、ザ・ビートルズが来日して50周年を迎える。2015年11月6日には「究極のベスト、究極のザ・ビートルズ」というふれ込みでアルバム「ザ・ビートルズ1」も発売されたばかりだ。そのヒットも記憶に新しいが、今、なぜこのバンドなのか。ビートルズの日本でのスター化に大きく貢献した、当時の担当ディレクター高嶋弘之氏はこう語る。「ポップやロックといった枠にははまらない。ビートルズには普遍的なメッセージがあるんだよ。だからずっと愛される」――。

 

エルヴィス・プレスリーに代表されるように、アメリカの音楽が席巻していた60年代初頭、イギリスの音楽になんて誰も見向きもしなかった。それが今や、このバンドの名を知らないものはない。ビートルズはいかにして日本で売れたのか。高嶋氏の数々のエピソードとともに当時を振り返る。

高嶋弘之

ザ・ビートルズの初代ディレクターを務めた高嶋氏


<高嶋弘之氏 プロフィール>
1934年、神戸市生まれ。早稲田大学文学部卒業。東芝音楽工業(のちに東芝EMI/EMIミュージック・ジャパン)のディレクターとして、ザ・ビートルズを担当。1964年から65年までの2年間で、同グループのレコードを数々と手がける。『抱きしめたい』『ノルウェーの森』など、名曲の日本語のタイトル付けは高嶋の手による。もはや伝説とも言えるユニークな宣伝手法も話題となり、日本でのビートルズ人気に火をつけた。現在、高嶋音楽事務所社長。ザ・ビートルズなど洋楽アーティストのクラッシックカバーを演奏する「1966カルテット」をプロデュースする。

本題に入る前に、先に断っておきたい。今回、高嶋氏には2015年の年末、いそがしいなか時間を縫ってインタビューに答えていただいた(氏の東芝時代の後輩・新田和長氏もご同席)。その口から出てきたエピソードはどれも燦然と輝く日本のレコード業界史そのもので、30代の編集部員二人はただただ圧倒される。この稀代の名ディレクターはザ・ビートルズのあと、ザ・フォーク・クルセダーズ、由紀さおり、黛ジュンなど和製ポップスでもヒットを連発。これら成功の背後にあったものは、ビートルズを日本に送り出すときに発揮した、氏ならではの「目から鱗のアイデア」と「エネルギーあふれる実行力」にあったのではないだろうか。至極の裏話を堪能あれ!


『ラヴ・ミー・ドゥ』に、なんじゃこりゃ!?

――ビートルズのデビューは1962年の10月。イギリスでの最初のレコードは、オリジナルシングルの『ラヴ・ミー・ドゥ』だ。全英チャート17位。続いて63年1月に発売した『プリーズ・プリーズ・ミー』で全英チャートのトップをかざり、続く4月発売の『フロム・ミー・トゥー・ユー』でも1位。以降も、ヒットを連発し続ける。が、そのまますぐに世界中でヒットした、というわけではない。今とは違ってインターネットなどない時代。レコードだって船便でやってきたような頃のことだ(高嶋氏いわく、赤道を通ってくるからときどき曲がっていたそうだ)。いかに本国で売れていても日本では通じない。イギリスのチャートで1位を獲得したと言ってもどこまで「ありがたい」ことなのかわからないのだ。高嶋氏は当時を次のように振り返る。

ビートルズのため、ラジオ局を駆け回った

ビートルズのため、ラジオ局を駆け回った


高嶋氏 正直にいうと、イギリス本国のEMIから最初に『ラヴ・ミー・ドゥ』が送られてきて聞いたときの感想は「なんじゃこりゃ!?(笑)」。日本で売れるかは疑問でしたね。その後、63年の春頃だったと思うけれど、『プリーズ・プリーズ・ミー』を初めて聞いて、ピンときました。これならいけそうだ、と。それで反射的にレコードを持ってラジオ局を回るんだけれど、実は反応は全然よくなかったんだよねぇ。

特に男性ディレクターはみんなそっけなくって、一人だけ、TBSラジオ(当時のラジオ東京)の女性ディレクターが「私は好きだけどね」と言ってくれたぐらい。まあ確かに、突然聞いてもわからんよね。例えば「この曲、インドのヒットチャートで1位なんですよ、どうです?」っていうのと変わらない。どの国にもチャートはあるんだし、イギリスで1位っていってもそのスゴさがイメージできない。でもね、一人でもいいねと言ってくれたら俄然やる気になりましたよ。ようし、売ってやるぞと。



アイデアいっぱい、奇計は炸裂する

――高嶋氏が日本でのビートルズ人気の基礎を作ったと言われるのは、この後で始めた驚異のプロモーション戦略によるところが大きい。それはいったいどういうものだったのか。そのいくつかを聞いてみよう。

高嶋氏 ある日、「ヘレン・シャピロ※のファンクラブを作りたい」と男子高校生が訪ねてきてね、ちょうどビートルズを売り出す時期だったから、これ幸いにとある提案を持ちかけました。ビートルズとヘレン・シャピロは同じオデオンというレーベルだから、「オデオンファンクラブ」だったらいいよ、と。ビートルズを応援してくれればヘレン・シャピロのことを考えてやってもいいという、いわば取引です(笑)。のちに彼とその仲間たちをアルバイトとしてラジオ局に送り込み、あの手この手をつかって裏でビートルズの「啓もう活動」をさせた(どういう啓もう活動があったかは、ナイショ)。

そのほかにも部下をビートルズみたいな髪型にさせて、テレビのニュースや雑誌に「流行のビートルズカット」と出すことを思いついた。当時、マッシュルームカットなんて言葉もない。たいして長くもない前髪をおもいきりクシで引っぱったりしてね。短すぎる人にはカツラまで用意した。それで、結構サマになっていたし、話題なりました。

それから評論家対策も重要でした。当時、ジャズ評論家の福田一郎先生がどうやらビートルズの音楽に苦い顔をしていたみたいなんですね。そこで早稲田の演劇学科出身の私が一芝居うつわけです。皆のいないところに連れ出して耳打ちする。「先生のおっしゃることはよくわかります。でも先生のことが好きだから言わせてください。ビートルズの人気の波はもう間違いなく日本にやってくると思います。それで先生の評判が下がってしまうところ、僕は見たくないぁ……」。そうやって、そっとビートルズのレコードを渡しました。その後しばらくしたら、「ビートルズは売れる!」と言ってくれた。しめしめ、と思いましたよ(笑)これでラジオのディレクターも曲をかけてくれるぞ、と。

「プロモーションには知恵を使わないと」

「プロモーションには知恵を使わないと」



新田和長氏

新田和長氏 元日本レコード協会副会長、元音楽産業・文化振財団理事。69年、東芝音楽工業入社。プロデューサーとして、オフコース、RCサクセション、長渕剛、加山雄三など数々のアーティストを担当する。

――ちなみに同じく東芝EMI出身、自身も数々のヒットを手掛け、ビートルズのプロデューサーであるジョージ・マーティンとも親交の深い新田和長氏はこう付け加える。「高嶋さんのアイデアと行動力は他を圧倒していましたよ。その意味では、日本でのビートルズを作ったといってもいい。それほど彼らのプロモーションに力を入れていた。アーティストを売り出すためには最初が肝心なんです。高嶋さんは手を変え品を変え、あらゆる方法を使って滑り出しを成功させました」。


※ヘレン・シャピロ…主に1960年代前半に活躍したイギリスの女性歌手・女優。『子供ぢゃないの』『悲しきかた想い』『夢見る恋』など。



ビートルズはなぜ愛され続けるのか

――高嶋氏のプロモーションが功を奏し、ビートルズは日本でも大ヒットした。熱狂的なファンを生み、50年以上も人々から愛されている。初代レコードディレクターは、目を細めながらその人気を次のように分析する。

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高嶋氏 ビートルズのあと、レッド・ツェッペリンも出たし、クイーンも出たし、エルトン・ジョンも出た。ヒット、ヒット、ヒットでレコード業界も大いに盛り上がりました。思えばいろんなバンドがいたなぁ。でもそんなヒットの嵐が去っても、いまだにみんなから人気があるバンドといえば、やっぱりビートルズですね。これは「懐メロ」だからではなくて、「作品」がいいから。例えば、ポール・マッカートニーが曲を書いているときにジョンが「こうしたらどう?」というアドバイスもしていたと思うんですよ。みなさんご存知のように、当時はクレジットをレノン=マッカートニー表記にしていますよね。主にこの二人のやりとりや、ヒントの交換が、ビートルズの作品としての良さだと思うんですね。例えば編曲とかもね。『ヘルプ!』の出だしとか、イントロですぐわかる。本当に優れていますよね。それから、ジョンとポールは稀代のボーカリストでもあったと思います。

オールディーズの時代には、エルヴィス・プレスリーも「ロックの革命児」と言われたけれど、大きな意味ではビング・クロスビーやシナトラ、ルイ・アームストロングなどのようにエンターテインメントの中の一人。プレスリーは過激に演出されていましたけれど、エンターテインメントの枠から出ていなかったのでは、と思います。当時のこうした枠組みとビートルズが大きく違うのは、楽曲を作る時に「メッセージを込めたこと」だと思うんです。それは「愛なんてこんなもんだよ」というささいなことから「平和への願い」といった大きなものまで。この「メッセージ性」が他との大きな違いを生んでいたと思います。


「抱きしめたい」に「ノルウェーの森」。タイトルの邦訳に込めた思い

高嶋氏 だから、曲の邦題をつけるときに、これまでのオールディーズと違うタイトルをつけたいと思いました。例えば、『I Want To Hold Your Hand』ですが、『アイ・ウォント・トゥ・ホールド・ユア・ハンド』だったら長いでしょ。ね、だから『抱きしめたい』にした。日本人だったら、日本人にわかりやすいものがいいじゃない。カタカナでわかりやすいものはカタカナ英語で、長いものはシンプルな日本語にして、ビートルズのメッセージがよりダイレクトに伝わるものにしたかったんですよ。

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――余談だがこの『抱きしめたい』が日本で発売された最初のレコードだ。1964年2月5日。高嶋氏はこのほか、ディレクターとしてこの他に初期30曲近くの邦題をつけているが、その中のひとつ『ノルウェーの森』にはちょっとしたエピソードがある。原題は『Norwegian Wood』。じつは氏によると、これは後でわかったことなのだが、誤訳だったのだそうだ。

高嶋氏 どうやら、本来であれば「ノルウェーの森」ではなく「ノルウェー製の家具」というのが正しいようで。知り合いのカナダの方に指摘されましてね。でも、言い訳ではないですが、初めて聞いたときに頭の中に森が浮かんだんですよ。曲の雰囲気が「森」だな、と。今では、誤訳だけれど間違いではないと思っています(笑)。ちなみに当時は、邦題にするときに先方の確認をとる必要がありませんでした。基本的に没交渉。全部、ディレクターの判断でタイトルをつけられるし、編集版のレコードも出すことができた。プロモーションだってこちらの一存です。いい時代だったなぁ(笑)。


ビートルズ来日時の秘話

――今年はビートルズが来日して50周年の節目の年。1966年6月29日、もちろん高嶋氏も彼らに会っている。

高嶋氏 ビートルズが滞在していたのは、当時、溜池にあったヒルトン・ホテル。東芝音楽工業の石坂専務と加山雄三さん、それから私の三人で会いに行きました。ポール、ジョージ、リンゴと順に握手を交わしていって挨拶する。で、一人いないことに気付くわけです。そうしたら後ろからジョンがそっとやってきて、突然、加山さんを羽交い絞めにしておどけてみせたんですね。少し緊張していたその場の空気が一気に和みました。

そのあと、石坂専務と私はマネジャーのブライアン・エプスタインに呼び出されて別の部屋でビジネスの話。本当はみんなで会食の予定だったんですどね。「ちぇっ」だよね(笑)。加山さんはメンバーたちとすき焼きを食べたそうです。

ビートルズ来日時のエピソードはどれも珠玉

ビートルズ来日時のエピソードはどれも珠玉


この時の話だが、新田和長氏もとっておきの話を披露してくれた(氏はディレクターとして長年、加山さんを担当)。後に加山さんが語ったところによると、その日の高嶋さんたちの滞在中、途中で「ジョンが絵を描きたい」と突然言ったのだそうだ。すると付き人が、ものの15分ほどでクレヨンと画用紙をさっと用意した。この「天才」を支えるスタッフワークにはとても感心させられたとか。ちなみに、4人はその後で部屋の四隅からそれぞれ絵を描き始めたのだが、その時のホテル室内の絵が実際にイギリスで見つかっているという。


ビートルズへの思い、クラッシックへの思い

――このようにエピソードの数には事欠かない。今年はトークショーや音楽イベントでさらにいそがしくなりそうだ。そんな高嶋氏だが、現在も精力的にアーティストのプロデュースをしている。その一つが、「1966カルテット」。女性4人組のグループでザ・ビートルズなど洋楽アーティストのクラッシックカバーを演奏する。

 

高嶋氏 今はクラシックの観客も高齢化が進んじゃってね。もったいないな、と思うわけです。ビートルズの曲をアレンジして演奏すれば、クラシックももっと幅広い人に聞いてもらえるんじゃないかと思っています。1966カルテットの名前ですが、ビートルズの初来日の年、私が彼らに初めて会った年を入れました。デビューの1962より1966を選んだのは簡単な理由から。「ロクニー」より「ロクロク」のほうが言いやすいでしょ。

高嶋氏の著作、伝説がつまっている

高嶋氏の著作、伝説がつまっている


――今回の取材はなんと3時間にも及んだ。その中で感じたことは、高嶋氏が常に大切にしているという"おもてなしの心"。インタビューを通じて、終始われわれを楽しませてくれた。そんな高嶋氏の背中をもっとも身近で見ていた新田さんはこう表現する。

「これは想像ですが、もし高嶋さんがストーンズを手掛けていたら、日本ではストーンズのほうが人気があったかもしれませんよ(笑)」

その言葉に深くうなずく記者二人であった。
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