漠然とした「ちゃんと」「しっかり」「きちんと」はNG

母娘

なにげなく使っている言葉を見直してみましょう

「ちゃんと」「しっかり」「きちんと」しなさい、していなさい、やっておきなさい、
「ちゃんと」「しっかり」「きちんと」立ちなさい、走りなさい、食べなさい、
「ちゃんと」「しっかり」「きちんと」言いなさい、挨拶しなさい、謝りなさい、
「ちゃんと」「しっかり」「きちんと」した人間になりなさい。

……子どもに言っていませんか? ついつい使ってしまいますよね。

「ちゃんと」「しっかり」「きちんと」と言うとき、私たち親の頭の中には「ちゃんと」「しっかり」「きちんと」したイメージが浮かんでいます。それに子どもが近づく努力をしてくれることを「期待」しています。

しかし、子どもの側は、実はチンプンカンプンだったりします。親の頭の中、見えませんから。

なんとなく言っていることはわかる。なので、彼らなりに試行錯誤するわけです。彼らなりのイメージで。でも、それは、親が期待した「ちゃんと」「しっかり」「きちんと」には程遠く、また怒られてしまうわけです。

子どもは思います。
どんなに頑張っても「ちゃんと」「しっかり」「きちんと」できない。
自分は「ちゃんと」「しっかり」「きちんと」していない人間なのだ。

この自己評価は、下手すると、大人になっても続きます。


子どもと「定義」を共有しよう


これらの言葉を、絶対使うべきではない!というわけではありません。ただ、子どもと「ちゃんと」「しっかり」「きちんと」とはどういうことなのか、ということは最低限共有しておく必要はあるのではないでしょうか。

「ちゃんと立ちなさい」は、たとえば「背筋を伸ばして、腕は横に下ろして、まっすぐ前を見て、アゴをひいてごらん」といったことかもしれませんよね。「しっかり走りなさい」は、「拳を軽く握って肘を曲げ、前後に大きく振って、膝を上げて走る」とか「キョロキョロせずに、前をまっすぐ向いて走る。応援してくれている人に、手を振ったりしない」などと伝えられるかもしれません。「きちんと食べなさい」は、「背筋を伸ばして、箸を正しく持ち、こぼさないで食べる」かもしれません。

親が望ましいと思っているポイントがどこなのか、子どもが認識できることが大切なのだと思います。定義をあいまいにしたまま「ちゃんと」「しっかり」「きちんと」していない、と怒るのは、後出しジャンケンみたいなものかもしれません。アラなんて、いくらでも探せますから。そこはフェアにいきましょう。

>> まだある、気をつけたい言葉