エディ・ジョーンズヘッドコーチに学ぶ日本スポーツ界の改善点とは
だがその一方で、今回限りで退任するエディー・ジョーンズヘッドコーチは日本ラグビーの未来に警鐘を鳴らしている。
エディー・ジョーンズHCの言葉の裏にあるもの
ワールドカップ最終戦となったアメリカとの試合に勝利した翌日、彼は快挙に湧く日本メディアに対し、次のように語った。「2019年ワールドカップで日本代表は準々決勝に進出するのは難しいだろう」
その裏にあるのは日本のラグビー界の体質だ。
「日本には変化を嫌う人がいる」「規律を守らせ、従順にするだけに指導されている」と彼は語った。
さらに次のようにも語っている。
「日本のラグビーの環境は心地がいい。良い大学、企業に入れ、スタメンとして出場できる。コーチからは何も言われない。それでは選手は育たない」(サンケイスポーツ2015年10月14日付)
ジョーンズヘッドコーチは、日本のラグビーを強くするには、こうした「ぬるま湯体質」を改革しないといけないと主張してきたが、協会との溝はなかなか埋まらなかった。それが、惜しまれつつも日本を去る理由の一つと見られている。
日本スポーツ界の「ぬるま湯体質」
だがそれはラグビーに限ったことではない。同じようなことがかつて水泳シンクロでも起きている。日本のシンクロはかつて井村雅代コーチの下で黄金期を築いたが、厳しい練習などが批判される形で井村氏は日本を離れることとなった。
その後日本シンクロは低迷。代わりに、井村氏を招へいし、厳しい練習に耐えた中国がメダルの常連国となったのは記憶に新しい。
選手を勝たせることを最大の目的とした井村氏の厳しい指導が、ぬるま湯体質に浸っていた当時の日本シンクロ界との間で軋轢が生まれた結果であった。
勝つために越えなければならない壁なら越えるしかない
ワールドカップで快挙を成し遂げたことで一躍その指導方法が評価されることとなったエディー・ジョーンズヘッドコーチ。その思想は勝つことに徹底的にこだわるものであった。ご存じのように日本人と外国人には体格差があり、とりわけ体と体がじかにぶつかり合うラグビーではその不利の克服は不可能とされ、いわば体格差を理由に、勝つことを最初から諦めていたようなフシがあった。
そこにメスを入れたのがエディー流の「ハードワーク」だった。
厳しい練習でフィジカルを鍛えると同時に、体の小さい日本人選手が体格差をクリアできるようなタックルやスクラムもトレーニングされた。
特訓を受けた選手はワールドカップでその成果を遺憾なく発揮し、その育成方法が正しかったことを証明して見せた。
勝ちにこだわらなければただの趣味
プロフェッショナルなスポーツは勝ちにこだわってこそ価値がある。勝つことにこだわらず、ただ単に仲良く楽しむのであればそれは趣味に過ぎない。まして、克服すべき点が明らかであるのに、その克服をせず、言い訳にするとしたら、それはもはやプロフェッショナルとは言えない。
日本ではサッカーに関してもフィジカルでの弱さが度々指摘されてきているが、かつてのラグビー同様、外国人の体格差を理由に仕方ないこととして片付けられてきたのが現状だ。
その点に関し、大学ラグビー強豪校でフォワードを務める某選手は、私からの取材に対し、
「サッカーごときでフィジカルで負けるとか言ってはいけない」
と本音を語った。
むろんこれはサッカーを非難するものでは全くなく、外国人選手との間に極めて厳しい体格差があるラグビーでさえ、その差をトレーニングで克服できたのだから、サッカー選手にそれができないわけがないという確信に基づいたエールである。
名指導者の共通点
日本のスポーツ界には、これまでも度々、意識改革を促し、技術と成績を飛躍的にレベルアップさせたコーチや監督がいるが、彼らの考え方にはある「共通点」が見られる。ジョーンズヘッドコーチは「満足に準備もしないで怪我をするような選手は国際レベルでは通用しない」と語っている。
かつて、サッカー日本代表を急速にレベルアップさせながら、病に倒れたイビチャ・オシム氏の次の言葉も有名だ。
「ライオンに追われたウサギが逃げ出す時に肉離れを起こしますか? 要は準備が足らないのです」
両者の言わんとするところは重なっている。
ジョーンズヘッドコーチの教えを「個人技」で終わらせない
ジョーンズヘッドコーチが行ったのは、これまで日本が勝てない理由にしてきた「根拠自体が間違い」であることを証明し、その克服の仕方までを教えてくれたことだ。だが、彼の退任後にその手法が失われるようなことがあれば、状況は一瞬で元通りになってしまう。
今回の成果をジョーンズヘッドコーチの「個人技」で終わらせず、日本ラグビー界のノウハウとして定着させることが何より重要である。