つながりの深い両劇団
ガイド:橘劇団とスーパー兄弟はしょっちゅう合同公演をやっておられる印象があるのですが。
美麗:そうですね。二つの劇団で何か自分たちにしかできない売り物をを作ろうということで必ず毎月やるようになったみたいです。僕が聞いてる限りでは。ガイド:だいたい何年前くらいのことになるんでしょうか?
美麗:もう4、5年になりますね。
菊太郎:うちの三代目、大五郎とスーパー兄弟が切磋琢磨して芸を磨き合おうってことで始まったんですね。
義兄弟
ガイド:つながりの深い両劇団ですよね。美麗さん、橘大五郎さんは小林劇団座長の小林真さんと3人で義兄弟の契りを交わした間柄だということですが、その世話役になったのは菊太郎さんだったと聞いています。美麗:菊太郎総座長と、父の南條隆も関わってました。ちょうどその時、僕たちが3人が浅草の大勝館という劇場で売り出していただいてましたので、みんなで手を組んで大衆演劇を盛り上げていこうよという流れになったんです。
ガイド:菊太郎さんと隆さんの間で事前に「この3人を義兄弟にしよう」みたいな打ち合わせはあったんですか?
菊太郎:いや、そうゆうわけではないです。みんなそれぞれに気持ちが通じていたので、自然に周りも巻き込んでそういう流れになったんです。僕たちは見守っただけですね。
ガイド:親子ほど世代が離れているお二人ですが、菊太郎さんは先輩として美麗さんの芸や劇団の仕切りについてどう思われていますか?
菊太郎:やっぱり舞台に打ち込む姿勢が素晴らしいなと思いますよね。これまでの大衆演劇とは違った新しいものをやろうという姿勢。なおかつ、古いものもより研究して深めていこうという姿勢。美麗や大五郎が集まるといつもそんな話をしています。
一般社会で身につけた菊太郎の"感覚"
ガイド:美麗さんや大五郎さんなど、大衆演劇界では子供のころからずっとその世界で生きてきた方が主流ですが、菊太郎さんは高校を卒業してから就職をして一般の社会生活を過ごされていますね。菊太郎:はい、僕は子役時代はあったんですけど小学校からおじいちゃんおばあちゃんに預けられてました。柔道で高校に進学してトヨタ自動車に就職して……役者の世界に戻ってきたのは22歳の時でした。
ガイド:そういう経歴を持った方って大衆演劇界の中では本当に異例ですよね。
菊太郎:そうですね……何人かしか知らないですね。
美麗:僕もあんまり聞いたことないですね。
ガイド:一般企業に勤めた経験で、今も活きていることはありますか?
菊太郎:やっぱり金銭感覚ですね。お勤めして月給をもらう普通の経験をして、世間の基準がわかるようになりました。なにからなにまで大衆演劇とは全然違うし、世間一般の感覚を知ることができたのは一番の成果だと思っています。
変化する大衆演劇
ガイド:美麗さんは子役時代『ちびたま』としてテレビで取り上げられた頃から20年ほどこの業界を見てこられていますが、なにか変化を感じていることはありますか?美麗:座長をしている人の低年齢化が進んでいると思います。僕たち兄弟が座長になったのは僕が14歳、弟が13歳の時でした。その頃から世代交代の波があって、大衆演劇のありかた…たとえば着物やカツラ、舞踊ショーの選曲にいたるまでいろんなものが変わっていきました。
観に来られる方もお年寄りだけでなくお子さんや若い世代の方が増えてきています。
菊太郎:昔の大衆演劇は今以上にお年寄りが観るものっていうイメージでした。それをどうにか幅広い年代の方に広げようとして頑張ってきたのが僕の世代ですが、それが今美麗たちの世代になって花開いてきているんだと思います。
ガイド:関西を中心に大衆演劇ブームが起こっていると言われていますが、やっぱり菊太郎さん世代からの積み重ねや美麗さん世代の新しい動きがそれを作っているわけですね。
芝居が嫌いだったちびたま時代
ガイド:美麗さんは小さいころからお芝居の世界で育って14歳で座長になられたわけですが、そういう環境が嫌になることはありませんでしたか?美麗:大嫌いでした。当時、ちびたま兄弟でテレビに出てましたけど、むしろ弟がメイン。僕は12、3になる頃まで舞台がぜんぜん好きになれませんでした。父からもいろいろと言われていたんですけど、甘えがあってうまくいかなくて……結局菊太郎座長のところに預けられました。
ガイド:他人の劇団で過ごすことで学ぶことは多かったですか?
美麗:そうですね。菊太郎座長の劇団でもいろんな経験をさせてもらいましたが、なにより忘れられないのが、教えてもらった女形を自分の劇団に帰って踊った時。これまで経験したことがないほどの拍手や歓声が沸き上がって……それで初めて「これが自分の生きる道なんだ」と実感することができました。
ガイド:菊太郎さんに教わったことがきっかけになったんですね。
美麗:はい、あの経験がなかったら僕は今、芝居をやってないかもしれません。
ガイド:菊太郎さんは当時どんな目線で美麗さんを見ていたんですか?
菊太郎:やっぱり甘やかされてきたのか、自分で化粧もできないですしね。逆に「大変だろうな」と思いましたよ。
でも稽古をつけて送り出してからは、見事に弟を追い越す勢いでグングン伸びていきました。自分がなにかのきっかっけになれたのなら嬉しいことですね。
ガイド:菊太郎さんが座長になられたのは25歳の時。美麗さんが自分の頃より10歳も若く座長になったのを見てなにか思うことはありましたか?
菊太郎:僕が座長を継いだ時も「異例の若さ」と言われました。うちの親父からは「まだまだ座長の器じゃない。責任感を持たせるために座長にしたんだ」って言われてましたから。実際なにもできず勉強し続けてました。
でも僕にくらべると美麗が座長を継いだ時は「この年でここまでやるか」と思うくらいすごかったですよ。お客さんもついてきたし、本当に一世風靡したと思います。
自分の芸には後悔ばかり
ガイド:美麗さんは自分のお芝居をビデオとかで観ることは多いですか?美麗:僕はよく観る方ですね。販売用じゃなくても普段から撮影してセリフや動きを確認しています。
ガイド:美麗さんは今の自分の芸をどのように感じられていますか?
美麗:今でも納得はできないですね。後悔しなくなったら役者はダメだと思うんで……お客さまにベストのものを見せたいとは思ってるんですけど、特にお芝居は後悔の連続です。
ガイド:心残りがあるから頑張れる部分もあるんでしょうかね。
美麗:そうだと思います。その時には納得できても振り返ったら絶対にいろいろ考えることはあるし。芸は天井がないものだと思っています。
ガイド:振り返ると言えば、2008年に発売したDVD『白虎の鳴く月 若衆祭り』は大五郎さんや小林真さんなどの若手座長と共演した力作でした。今振り返ってどう思われますか?
美麗:ありましたね……リベンジしたいですね(笑)今ならもっといいものができると思うんで。
美麗:もちろん刺激になります。厳しい意見を言ってくれたり、ライバルと思える存在がいないと成長できないと思うんです。
橘劇団と定期的にしている合同公演にしたってとてもありがたい機会ですね。
人間味……美麗から見た菊太郎
ガイド:美麗さんから見て菊太郎さんの芸はどう映りますか?美麗:人間味があふれた芸だと思います。
ガイド:芸歴からくるものでしょうか?
美麗:いや、そうではないですね。生粋の……という表現はおかしいかもしれませんが、役者の世界だけで生きてきた役者と違って、普通の社会人生活をした経験がある人ならではの人間味です。
僕たちができなかったような経験をたくさんされているんで、それが独特の味や情になって出ているんだと思います。
ガイド:そこまでに違いを感じるんですね。
美麗:僕たちは芝居の役柄を役者としての心境で考えちゃうんですね。菊太郎総座長は役柄そのものに入っていきやすいんだと思います。
ガイド:菊太郎さん、ご本人としてはどう思われますか?
菊太郎:どっちがいいとか悪いかは別にして僕は「この場面でこの人はどんな気持ちなんだろうか」という視点で役柄を考えますね。
たとえば人を斬るシーンがありますよね。僕は「斬った方の気持ちはどうなんだろうか、斬られた方の気持ちはどうなんだろうか、斬られた方の身内はどうなんだろうか」といろいろ考える。なにか他の役者さんと違うことがあると言えばそこだけだと思います。
ガイド:非常にこまやかな、難しい部分ですよね。
美麗:ほんとうにそう思います。僕は役者の世界しか知らないので、一般社会の理不尽さとか苦しさは味わえていないんです。
浮世離れしたような魅力は出せるのかもしれないけど、人情劇とかになると実際に社会を経験した人にはかなわないなと思いますね。
真面目……美麗から見た橘大五郎
ガイド:続いて、同年代の役者として橘大五郎さんについてはどう思われますか?美麗:真面目です。真面目で慎重ですね……堅実派と言うか。
菊太郎:たしかに真面目ですね。芝居にしてもなにか欠けた時に「これでいいや」っていうことはしない。
美麗:そうですね。あと、僕だったらやりたいと思ったことは怒られてもやるんですよ。でも彼は「石橋を叩いて割る」って言うか(笑)
でもそれくらいだからかえって僕とは気が合うのかもしれないです。
ガイド:実はついさっき大五郎さんとすれ違って「これからインタビューなんだけどどんなことを聞けばいいかな?」って相談してたんですよ。すると「美麗はああ見えて芝居にはすごく真面目だから(笑)そこを深く突っ込んだらいいですよ」とのことでしたが。
菊太郎:大五郎とはまた違うかもしれませんが、美麗も妥協はしないですよね。梅田の呉服座で公演した時かな?舞台にロウソクを200本くらい立てる演出があって。
ガイド:大がかりですね!
美麗:そうですね。ロウソクをそれだけ立てるとなると法律面で警備員は配置しなくちゃいけないし消火器も準備しなくちゃいけないんですよ。
菊太郎:「これがしたいんだ、これを観てもらいたいんだ」っていう気持ちなんでしょうね。僕なんか「あるテイでええやろ!」って思っちゃうんですけど(笑)
美麗:やりたかったんですよね~(笑)
その時はちょっとホラー系のお芝居だったんで、電気の照明じゃなくてロウソクが使いたかったんですよ。怖さ、怪しさも出せるし教会みたいな神聖な感じも出せるし。自己満足かもしれませんけど。
ガイド:かなり手の込んだ演出ですが、その時のDVDって発売はしていないんですか?
美麗:あの時は撮影してないですね。僕は基本的にあんまりDVDは出したくないんです。自分で観る用には撮りますけど。
ガイド:どうしてですか?
美麗:できれば生で観てもらいたいんです。
お芝居ってその日の体調や精神的なものも一日一日違うナマモノなんで、その時しかできないなにかがあると思うんです。できればそれを観に来てほしい。
ガイド:DVDやネット動画がはびこる時代ならではのこだわりですね。
そういうの好きなんで、ぜひ大事にしてもらえればと思います。
手のかかる兄ちゃん……美麗から見た小林真
ガイド:では……せっかくなんで残り1人の義兄弟についても聞いちゃいます。小林真さんについてもなにかコメントをください。
美麗:手のかかる兄ちゃんですね!
(一同笑)
いや、ほんとに見かけは豪快そうに見えるんだけど、三人の中では一番繊細なんですよね。
ガイド:彼はガラスのハートですよね。
美麗:ガラスどころかサランラップかもしれないですね。
でも僕とか大五郎座長を思う気持ちっていうのはすごいと思います。
ガイド:一番兄貴だからってところですかね。
美麗:そうだと思います。僕なんかゲスト公演に行くと真ちゃんの奥さんより大事にされてるんで(笑)
お互いの大入り数の勝ち負けとか、ちょっとしたことで落ち込みすぎてて「えっ!?」と思うこともあるんだけど許せてしまえるような存在です。
ガイド:仲良くてもライバル意識ってありますよね。
美麗:そこは仲良くする上でも大事な部分だと思いますね。
不思議な存在……美麗から見た弟・南條隆
ガイド:ライバル意識……という点で、また人のことについて聞いちゃうんですが、弟の南條隆(旧 影虎)さんとの関係ってどんなものなんでしょう?ちょうど先日、美麗さんが総座長を就任、弟さんが三代目南條隆を襲名したばかりですが。
美麗:あんまり弟という感じはしていないんです。年子ですしね。なんにも言わなくても分かりあえる人間というか……言葉では言い表しにくい存在ですね。
お互いに尊重し合うけど、遠慮はしないし……。
ガイド:プライベートでも「兄ちゃん」「お前」みたいな上下関係ってないんですか?
美麗:そう呼ばないこともないですけど上下関係はないし、対等の友達みたいな感じです。
自分でもよくわからないことが多いんで、むしろ菊太郎総座長に聞いていただいた方がわかりやすいかもしれません。
菊太郎:そうですね。今初めて言うことですけど、この兄弟はどん底まで行ったときに初めて輝くコンビだなと思います。今はまだお互いに甘えたり、龍美麗、三代目南條隆という看板に頼る部分があるんじゃないかな。でもそれがどん底まで行って「今、やらなくちゃいけない」と殻を破って本気で手を握るとこれほど強力なものはない。それを僕は期待しています。
美麗:まさしくそうだと思います……。
菊太郎:今、それぞれがバラバラにやってることを一緒にやれるようになればいいと思うんです。お互いに引き立て合えるようなね。まぁ、最近ようやくそんな兆しが見えてきたとも思っています。