「円形脱毛症」とは
「脱毛症」というと、男性の生え際やつむじ辺りの薄毛を思い浮かべるのではないでしょうか。それに比べると見かけることは少ないですが、一生のうちに2%の人が、つまり50人に1人は経験するのが「円形脱毛症」です。コインのように円形に髪が抜けてしまう病気で、小さいお子さんから大人まで、多くは30歳以下の若い時に起こります。円形に髪の毛が抜けてしまう
円形脱毛症は多くの場合、抜け毛が直径数cmの範囲で円形に起こり、数は一つの場合も複数の場合もあります。気づいたら枕に髪がばっさり抜け落ちていた、自分では気づかず美容室で初めて指摘された、という話を患者さんからよく聞きました。発症しても自然に数ヶ月で治ることがほとんどですが、一度なってしまった場合には再度ほかの所に脱毛が出現し、繰り返すことが多いので、治療に苦労します。
脱毛が多発することもある
ストレスではない?「円形脱毛症」の原因
私が小学生の頃、同級生がこの病気を発症して、「10円玉ハゲ」とからかわれていたのをよく覚えています。そのときは皆精神的な「ストレス」が原因ではないかと言っていました。卒業する頃には脱毛がほとんど目立たなくなっていたので、「ストレスがなくなったから治ったんだね、よかったね!」と周りも納得していました。でも、これは本当に正しいのでしょうか?実は現在、ストレスが原因であることをサポートするようなデータはほとんどありません。家族に円形脱毛症の人がいると、10倍ほどこの病気にかかりやすくなるので、遺伝的な原因があると考えられていますが、なぜ脱毛が始まるのかはよくわかっていません。皮膚の中にある髪の毛の根本の周りに炎症を起こす細胞が集まってきて、その結果髪の毛が成長しなくなってしまうのが原因であろう、と推測されています。
「円形脱毛症」の治療法は?
この病気は若い方に多いので、脱毛の範囲が広い場合、その見た目から受ける精神的なダメージは相当なものです。私が過去に診療した中には半分ほどの髪の毛が完全に抜けてしまい、悩んでいる高校生の方もいました。円形脱毛症は皮膚ガンやほかの内臓の病気のように命に関わる病気ではないので見過ごされがちですが、生活の上で困っている患者さんは数多く、なんとかして治療してあげたい!と皮膚科医として強く思います。少ない範囲の脱毛であれば数ヶ月で自然と治ることが多いですが、再発が多いので問題になります。また、範囲が広い場合には髪の毛が自然に生えてこないことも多いです。このように問題が多いにもかかわらず、「これを使えば治る」といった効果的な治療法は確立されていないのが現状です。
現在の治療はステロイドの注射・ぬり薬、紫外線を当てる治療法、皮膚をかぶれさせて刺激を与える治療法、といったものになります。治療が効くこともありますが、その効果は安定しません。特に範囲が広い場合には自然に治らないことも多いので、効果が高く、副作用が少ない治療が強く望まれています。
ステロイドを頭皮に注射する治療が用いられているが、より効果が高い治療が望まれている
「円形脱毛症」を治せる病気にするために
この状況を打破するため、アメリカではドクターと患者さん、製薬会社と政府の薬を認可する機関が手を取り合い、研究や活動を推進しています。私は円形脱毛症の診療と研究を両方をしてきましたので、このNational Alopecia Areata Foundation(https://www.naaf.org)という団体の年一回、ワシントンで開かれる会議に昨年出席してきました。まず、円形脱毛症は命にかかわらないので、政府の機関や製薬会社が興味を持ちにくいという側面があります。これに対して力を入れて協力してもらうため、円形脱毛症の患者さんが同じ会議に出席し、つらい思いをした経験を語り、政府機関や製薬会社からの参加者にこの病気の重要性をアピールしていました。また、医師側は最新の治験(まだ認可されていない薬を一部の患者さんに使い、安全性や効果をテストする)の実績を発表し、患者さんや製薬会社、薬を認可する機関からさらなる治験にサポートが得られるようにします。このように患者さんも含めて多くの専門家を巻き込み、スピーディーに新しい薬を開発し、それをテストし、承認を得る、というプロセスが可能になっているのはさすがアメリカだな、と感心しました。
円形脱毛症の原因となっている髪の毛の根本での炎症を、現在ほかの病気に使われている薬を使って抑えることで治療できるのではないか、というのがホットなトピックになっています。このような話を聞き、自分でも研究に携わり、数年後には画期的な治療が開発されている可能性は十分にある、と手応えを感じています。