やっぱりラジオは面白い。テレビやネットの台頭で人気が低迷したラジオ……しかし、その復権がにわかに囁かれている。アプリ「ラジコ(radiko)」の登場でリスナーの接触機会は増え、新しくラジオにハマる若者たちも出てきた。

AMについていえば2015年10月頃からFMの帯域を使った補完放送も予定されているなど、業界の動きも活発だ。本記事では、ニッポン放送の人気アナウンサー、吉田尚記氏に直撃取材を敢行。

パーソナリティをつとめる深夜のティーン向け生番組『ミュ~コミ+プラス』は今年で放送5年が経った。前身番組『ミュ~コミ』から数えると10年目、長年にわたって最先端で走り続ける彼に「ラジオとは何か」、ストレートの直球を投げつけた。司会なども含め年間200以上のコンサート、イベントに足を運ぶ驚異の「現場好き」が打ち返してきた答えとは。
ニッポン放送、吉田尚記(よしだひさのり)アナウンサー。2006年4月3日放送開始の『ミュ~コミ』、同番組の後継となる『ミュ~コミ+プラス』(2010年放送開始)でパーソナリティを務める。2012年には同番組のパーソナリティとして、第49回ギャラクシー賞 DJパーソナリティ賞を受賞。近著は『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』。

ニッポン放送、吉田尚記(よしだひさのり)アナウンサー。2006年4月3日放送開始の『ミュ~コミ』、同番組の後継となる『ミュ~コミ+プラス』(2010年放送開始)でパーソナリティを務める。2012年には同番組のパーソナリティとして、第49回ギャラクシー賞 DJパーソナリティ賞を受賞。近著は『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』。


吉田尚記アナのラジオ初体験は小泉今日子

――今回のインタビューでは「ラジオはなぜ面白いのか?」というテーマについて、吉田さんに“ラジオの中にいる人間”として語ってもらえればと思います。とはいえ吉田さんも最初はリスナーだったわけですから、まずはいちリスナーとしてラジオにのめり込んだキッカケから教えてください。
吉田尚記氏(以下、吉田) 自分の意思でラジオを聴いたいちばん古い記憶は、小学生のときですね。当時放送されていた小泉今日子さんのオールナイトニッポンで、『スーパーマリオブラザーズ』の情報を扱うらしいという情報をゲーム雑誌で見て、「いったいどういうことなんだ?」と思って聴いたのが初めて。当時は情報を得るメディアが限られていたから、ゲームを始め自分が好きなものが、メディアで扱われていること自体が、なんだかおかしなことに感じられて。ちなみにその時は、夜中まで起きていると怒られるから、目覚まし時計を深夜1時にセットして、ベッドの横にラジオを隠して聴いていました(笑)。


――“深夜ラジオを隠れて聴く”という行為は多くの人が経験する、いわゆる“ラジオあるある”とも言えそうですね。
吉田 確かに、そういった原体験はすごく印象に残るし、いまでもはっきり覚えている。ちなみに、その時に小泉今日子さんのオールナイトニッポンを作っていたスタッフのひとりが戸田修一さん。当時はまだディレクターで、小泉今日子のほかにとんねるずのオールナイトニッポンも担当していたらしい。その戸田さんの持論によれば「ラジオっていうのは全てのものと組める特殊媒体である」ということなんです。

たとえば、ラジオと映画って組んでも違和感ないじゃないですか。雑誌と組むのも珍しくないし、スポーツ実況があるからスポーツとも組める。さらに言えば、テレビと組んだって問題ない。確かに、どんな媒体と組んでもおかしくないんですよ。当時リスナーとして「ラジオって面白いなぁ」と強く感じたのも、そこの部分が大きかったのかもしれない。「『スーパーマリオブラザーズ』というゲームが流行っているからそれと組もう」みたいなファンキーさというか、「どうなるかわからないけどやっちゃえ!」という感じが、自分にとって根源的なラジオの面白さだったのかな、と。


ラジオが滅びない理由とは

さまざまな情報伝達手段が生まれるなか、なぜラジオは生き残り続けてこれたのか?

さまざまな情報伝達手段が生まれるなか、なぜラジオは生き残り続けてこれたのか?

――radikoの普及もあって、最近ラジオがまた盛り上がっていますが、少し前までは「ラジオはなくなる」と言われることもありました。
吉田 それで言うと、じつは「ラジオが10年後にはなくなる」という話は70年代からされているんです。というか、テレビが登場してからずーっと言われている。でも、2015年のイマもなくなってない。生き残り続けているじゃないですか。その理由は、大きくわけてふたつあると思んですね。ひとつ目は……最近、テレビ通話って使いました?


――ほとんど使うことがないですね……。
吉田 僕もほとんど使わないんですけど、それってなぜでしょうか。テレビ通話を手軽に行えるスマートフォンがこれだけ普及しているのに、日本だけでなく世界全体を見回しても、ソレがメインの通話手段になっているところはどこにもない。それに気づいたとき「だからラジオはなくならないんだ」と思いました。人と人が話をするときは、音声だけのほうが伝わることがあるんですよ。この現象こそが、ラジオが存在し続けるものすごく大きなひとつの証明だと思う。音声通話がなくならない以上、ラジオもなくならないんです。


――すごく説得力のある話です。
吉田 これはね、誰かに話すと必ず「ほーッ」って感心してもらえる(笑)。もうひとつは、神戸女学院大学名誉教授の内田樹さんが自著『街場のメディア論』の中で書いていたことなんですけど、内田先生はテレビよりもラジオのほうが好きな理由として「ラジオというのは一緒に革命をやろうと思えるメディアだから」と語っているんです。革命をやろうと思える――というのは、言い換えれば“世の中におもねったことをやらなくてもいい”という意味なんだと思います。

それを証明するエピソードとして、あるタレントさんが生放送で話していた内容があるんです。そのタレントさんは喫煙者で、ラジオ番組の中で「ルールを守ったうえで、二十歳以上の人間が自分で稼いだ金でタバコを吸って何が悪いんだ」という話を展開していたんです。私個人はタバコを吸いませんし、喫煙を推進するつもりもありませんが、いまの時代に「タバコを吸って何が悪い」とハッキリ言えるメディアなんてほとんどありませんよね。でも、ラジオだとそういった論も堂々と言えてしまうんです。


――「革命ができるメディア」にも通じるかもしれませんが、“リスナー”という文化もラジオならではのものですよね。
吉田 確かにそうですね。ラジオリスナーには“少数派だけどひとりじゃない”みたい感覚があると思う。じつはそれってすごく大切なことで……多数派意見が必ずしもいいものかというと、決してそんなことはないですよね。あらゆる時代において、抑圧されていた少数派の意見の中にも、絶対に正しいことはあったはず。なにを持って正しいとするかは難しいですけど、プラスになることは絶対にあったんです。

いまもその状況は正直あまり変わっていなくて、少数派の意見を封殺したほうが効率的だから封殺されがちになってしまう。でも、封殺されてはいけない何かは確実にあるはずなんです。だから、僕が思うにラジオというのは常に“カウンターメディア”でなければいけない。自分自身がそう思った時を除けば、大勢におもねったことをラジオで喋っても仕方がないと、個人的には思います。