最低なのに憎めない
内野聖陽が演じる伊右衛門像
(撮影:谷古宇正彦)
子どもの頃から”怖いお話”として覚えがある「四谷怪談」は、お岩さんが主役だったように記憶していますが、本作『東海道四谷怪談』は、内野聖陽さん演じる伊右衛門に主軸を置いている印象。
どこか世を捨て崩れた雰囲気も持ちつつ、肝心な場面になると背がビシっと伸びて目に光が宿る。そんな伊右衛門像を内野さんはとても魅力的に体現。義父を殺害してまで復縁した妻を疎ましく思い、最終的には見殺しにして奉公人との不義の罪まで着せて川に流すのですから、これはもうとんでもないクズメンの筈……なのにどこか憎めない!
例えば、隣家の孫娘・お梅との結婚を決意した後も、伊右衛門は自分からお岩を追いだせないのです。お岩の身ぐるみをはぎ、赤子のおくるみを取り上げても出て行こうとしないお岩をただ見つめる伊右衛門……弱いんですね。
(撮影:谷古宇正彦)
本作では歌舞伎でカットされることも多い伊右衛門とお岩の「夢の場」が描かれているのですが、それが幻想なのか、それとも過去にあった二人の本当の記憶なのか、観る人の恋愛体験によっても違う捉え方が出来そうです。
伊右衛門が
本当に欲したのは”武士として生きる道”
(撮影:谷古宇正彦)
今回、個人的に感じた”肝”の一つが、伊右衛門が本当に欲したのは、伊藤喜兵衛の財産でも、若く純情な新しい妻=お梅でもなく、再び武士として生きる道だったという点でした。
隣家の伊藤家に招かれた伊右衛門は、お梅に色目を使う訳でも、小判をこれ見よがしに洗う喜兵衛にへつらう訳でもなく、後妻の件に関しても最初の内は乗り気でないものの、自分を武士として推挙するという喜兵衛の言葉に初めて強く心を動かされ、お梅を後妻に迎えることを承諾します。
結局伊右衛門はお岩の怨念により、お岩亡き後も殺生を重ねて義理の弟である佐藤与茂七(平岳大)に斬られてしまう訳ですが、それは雪の降る晩……四十七士が討ち入りを果たすのと同じ夜。与茂七は伊右衛門を斬った後、忠義の武士として主君の仇を討つのです。
元は自らの勝手な都合で女房を見殺しにし、その後も行き当たりばったりの悪行を繰り返す訳ですから、同情する余地など全くないものの、お岩が最後まで伊右衛門を呪い殺さなかったのは、金銭や若い女を得る為だけに自分を見殺しにしたのではない……武士として忠義を果たしたかったのだ……と、一分の純粋さを伊右衛門の中に見たからなのかもしれません。
◆東海道四谷怪談
新国立劇場(東京・初台)中劇場にて6月28日(日)まで上演
公演の詳細は公式HPでご確認下さい。