劇的なカリスマ指揮者、アンドリス・ネルソンス
「このベートーヴェンの『プロメテウスの創造物』序曲の冒頭は、『What's happened?』という感じで演奏してもらえますか?」そう伝え再度最初から演奏を始めると、音楽は全く別物に生まれ変わり、正に『What's happened?』という、曖昧さのない、驚きをもった劇的な響きとなった――。
これは、2013年11月、35歳になった翌日に指揮者アンドリス・ネルソンスが、音楽監督を務めるバーミンガム市交響楽団と来日したリハーサルでの出来事。万事この調子で、お互いに信頼感のある親密な雰囲気の中、音楽は表情豊かに変わっていく。特にフォルテ(大きな音)を求める際など、彼は指揮台から降り、そのパートの方に歩きながら指揮をする。すると火に油を注ぐが如く、強音が燃え盛る。この強弱の差は強烈。それは2次元のものが3次元になるような、とんでもない変化。本番でこそ指揮台から降りないが、奏者はリハーサルのことを覚えているから、強弱は同様に大きく付いていく。
アンドリス・ネルソンスの特徴は、もちろん強弱のレンジの広さだけではない。スピードコントロールも巧み。加速すると言ったら一気に加速可能。もちろん演奏するのはオーケストラだが、それを統率できるのがネルソンス。連想するのは高性能のクルマ。ハンドル操作も加速もイメージどおり。どんな角度でも高速でクイと曲がれるのがこの若き巨匠だ。
そして何よりこれらの高スペックなドライヴィングは、彼のスコアの読みを実現するためのワザにすぎない。全ては冒頭の『What's happened?』に象徴的なスコアの読み込みがあって、それを実現するワザなのです。
練られた解釈に、モダンな感覚、巧みな人身掌握術と、全てを演奏に昇華させる実力。アンドリス・ネルソンスは、優れた若手指揮者が多くいる中でもトップの、正に未来の大巨匠と確信させる指揮者といえます。
その日の夜の公演の、ベートーヴェン『プロメテウスの創造物』序曲、エレーヌ・グリモーとのブラームス『ピアノ協奏曲第1番』、『交響曲第4番』は、どれも熱演で、強弱を丁寧に描き内的エネルギーをじわじわ溜め、巨大な華をゆっくりと咲かせるような見事な演奏でした。