「味覚」は生きるために必要なバイオセンサー
「味覚」は食べて有益なものかあるいは有害なものかを本能的に示すバイオセンサーです。皆さんご存知の「甘味・塩味・酸味・にが味・うま味」の5つが基本の味として位置づけられています。「甘味」は生きるためのエネルギー源である糖の味で、「うま味」は体を形作るたんぱく質につながり、「塩味」は健康を維持するためのミネラル、「酸味」はお酢などの有機酸の味です。
甘味、塩味、うま味は人間に必要な栄養素であることを知らせるシグナルですが、「にが味」は、多くの毒物が苦いことから食べてはいけない有害物のシグナルとして機能し、甘みや塩味と比べて約千倍も感じやすくなっています。また、こどもは大人以上に敏感で、にが味の強い野菜(ゴーヤやピーマン)が苦手なのはそのせいです。
今回はこの「にが味」について、最新の研究成果をレポートします。
子ども時代に体調をくずしたときなどに「にが味」を感じる理由が解明された?
病気になると苦く感じる?
皆さんも幼少時、病気になった際に食べ物が苦く感じる経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか。このメカニズムが、アメリカDrexel Universityのホン・ワン博士らの研究によって明らかにされました。体の細胞がウイルスや細菌感染などで炎症を起こし不調になると、体のなかにある免疫細胞の一つ、マクロファージ(白血球の一種)が活性化し炎症部分へ集まります。このときマクロファージは、「TNF」というタンパク質を作り出して放出します。TNFは不調な細胞にアポトーシス(自殺指令)を出したり、抗体の産出を活性化したりして感染防御や抗腫瘍作用に有効に働きます。
細胞がウイルスや細菌感染などで不調になると、その弱った細胞を自殺させるためにTNFというタンパク質が白血球で産出されるのです。
ホン・ワン博士は、舌の味覚細胞にもTNFを感じる細胞があり、TNFがあることで、「にが味」の感覚が増幅されることを発見しました。このことは「にが味」が増幅されることで、体が弱っている時に毒物を摂取するリスクを最小限にしようとするメカニズムが働いているとも考えることができます。
しかし、TNFには別な側面もあります。細胞が初期の不調段階の場合は、極少量のTNFが産出され有効な効果が得られるのですが、TNFが過剰に産出されると今度は、関節リウマチや食欲不振、倦怠感、体重減少などの体全体が不調になる逆作用の効果が発生するのです。
TNFの働きは大変複雑なもので、がん細胞や病原菌に対する生体防御力を高める一方、炎症を増悪させ体調を悪化させる二面性をもつ物質として現在も研究が進められています。
■参考資料
Regulation of bitter taste responses by tumor necrosis factor
Brain, Behavior, and Immunity Available online 21 April 2015
炎症性疾患に関わる腫瘍壊死因子(TNF)の産生・放出
日薬理誌(Folia Pharmacol. Jpn.)121,163~173(2003)