ブラームスとハンガリーにかける特別な思い
■ブラームス ハンガリアン・コネクション【曲目】
1:クラリネット五重奏曲
2:2つのワルツ(op.39 no.15 / op.52 no.6)
3:レメーニ/ブラームス:ハンガリー舞曲 第7 番
4:ボルゾー/ブラームス:ハンガリー舞曲 第1 番
5:ヴェイネル:2つの楽章
6:トラディショナル:トランシルヴァニア舞曲
【演奏者】
アンドレアス・オッテンザマー(クラリネット)
レオニダス・カヴァコス(ヴァイオリンI)
クリストフ・コンツ(ヴァイオリンII)
アントワーヌ・タメスティ(ヴィオラ)
シュテファン・コンツ(チェロ)
エーデン・ラーツ(コントラバス)
オスカール・エケレシュ(ツィンバロム)
プレドラグ・トミチ(アコーディオン)
大:最新アルバムはブラームスの名曲として知られるクラリネット五重奏曲をメインにしたアルバムですが、この曲はどういう曲だと思っていますか?
オ:私にとって非常に重要な作品です。一番好きか、一番好きな作品群のトップの方にある曲ですね。ブラームスの作品の中でも、名曲中の名曲だと思っています。後期の作品であって、それまでにオーケストラ作品や室内楽など様々な楽器のために作曲をし、いろいろな様式の曲も書いてきた。そういった長年の経験がすべてこの曲の中に凝縮されているのではないでしょうか。我々クラリネット奏者にとって“宝”と言える作品です。
大:形容するとどういう曲と言えますか?
オ:(ちょっと考えて)“秋の香り”ですかね。ブラームスの人生のステージを考えるとそうなってしまうのかもしれませんが、全体の雰囲気がとても感慨深くて、決して外交的ではない、内向的な感情を表現しています。ですけれど、非常に素直に誠実な方法でその感情を聴き手と分かち合う。なので自分自身がその世界に溶け込むような感じの作品です。
大:演奏する上で特に気をつける点はどこですか?
オ:この作品の難しいところは、精神的に消耗する、というところです。自分の中に感情的な余裕を持たなければなりませんし、自分の感情表現もできるような事前の考えをしっかり持って、プランニングしながら演奏しなければなりません。なので、いつでもどこでも吹ける作品ではないのですよ。吹くために環境を整える。それだけの手間隙をかけなければいけないし、また、誰とやってもすぐできるというものでもありません。
曲によっては何人か集まって突然合わせた場合、完全にまとまらないかもしれないけれど、まぁ聴けるくらいにはなる。しかし、この曲は綿密な仕事、努力、練習が必要で、演奏する5人がみんな共通の理解の上で練習を積み重ねなければなりません。逆にそれがうまくいくと本当に美しいものですよ。環境を整えるために時間とインスピレーションを投資しなければなりませんけれど、素晴らしい作品です。
大:今回一緒に演奏した他の4人のメンバーとの関係は?
オ:ベルリン・フィル、ウィーン・フィルに在籍する最強メンバーで、この4人のことはプライヴェートでもよく知っていますし、今までもコンサートなど、いろいろな場面で共演してきた人たちです。4人とも素晴らしい音楽家たちで、本当に心底尊敬しています。中でも重要なことは、この4人とは一丸となって音楽作りができる、共通の音楽に対する理解度がある、ということです。みんなこの作品に対する期待感が高いですし。その高い期待に見合うようにベストを尽くそう、とする4人です。
大:こういう演奏にしよう、という具体的な感情の方向性などがあったのでしょうか?
オ:一般的なことはあまり話さず、どちらかというと細部の話が多かったですね。この曲に抱いているイメージがみんな共通していたから、全体について話さなくても分かり合えていました。というのも私自身が意図的にそういうアーティストを選びましたから。同じような期待度があり、アプローチや様式、テイストが似ている人たちを選んでいます。一人の人間の解釈を極端に曲げなければいけないような状態になってしまったら、多分それは純粋な演奏にならないと思います。なので、いろいろなパッセージについて、みんな非常にオープンに、たとえ自身が休みの箇所であっても、意見を発し、話し合いをたくさんしました。そしてお互いのことを評価しながら作業を進めることによって、一体感のある結果が生まれたと思います。
大:なるほど。そもそもご自身が選んだメンバーなのですね。ドリームチームですね。
オ:全くそうです。彼らに参加していただけたことは、本当に嬉しく、光栄なことです。というのも、彼らのスケジュールがびっしり入っているので、実現させるのも大変なんです(笑)。ただ、私がアーティスティック・ディレクターを務める音楽祭Bürgenstock Momenteがあるので、それが鍵となりました。彼らはその期間でリハーサルに時間を費やしてくれて、このレコーディングが可能になりました。
大:ハンガリーがテーマというコンセプトもあなたが考えたのでしょうか?
オ:もちろんそうです。私はハンガリー人とオーストリア人のハーフなので、ブラームスとハンガリー、自分とハンガリー、という考えがありました。
大:ご自身のハンガリー的な部分はどういうところになります?
オ:気質でしょうかね。外交的でもありますし、自分の中に炎がある。オーストリア人というのは、どちらかというとのんびりしていて、自分の環境の中でノホホンとしている人が多いのですが、自分はハンガリー人である母に似ていて、ちょっと爆発的な側面があると思います。
大:最後に収録された曲『トランシルヴァニア舞曲』が面白かったのですが、どういうコンセプトの曲なのでしょう?
オ:この作品は、トランシルヴァニア―現在のハンガリーの国境あたり、ルーマニア、バルカン地方―の伝統的な民謡、歌、踊りの音楽を今回のためにミックスした曲です。最初の曲は母が自分が赤ん坊のときによく歌ってくれていた歌で、長い間どうにか使いたいけれどどうすれば良いのか分からなかったんですが、だんだんとこういう形にできてきました。ゆっくりとした曲からだんだんエネルギーが上がってきて、旋律が出る。そして、ルーマニアの舞曲になっていき、それからバルカン地方の速いリズムになっていく。これはハンガリーとルーマニアと東欧の、一つの旅路みたいなものですね。そして最後にブラームスのワルツを引用しており、最終的にはハンガリーにまた戻ってくるという。
大:最後にブラームスのワルツが出てくるのはオシャレだなと思いました。
オ:可笑しかったことがありまして、実際に編曲したのはチェロのシュテファン・コンツなんですけれど、こうしたらどうかなぁ、など話ながら作っていて「最後はブラームスに戻ろうか」と話し、ふと後ろを見たら、壁に貼ったブラームスが見張っていたことに気付いて(笑)。やはりそうすべきなんだろう、と(笑)。
大:笑。お母さまが歌っていたというのはハンガリーの民謡ですか?
オ:はい、ハンガリーでなら誰でも知っている「お母さん、分かる?」という意味の曲ですよ。