魅力的な出演者たちが詩的な台詞を紡ぐ
”挑戦”と言えば、今回の『オンディーヌ』に出演している俳優陣もそれぞれに深い想いを胸に抱いて舞台に立っている筈。(撮影:山之上雅信)
タイトルロールのオンディーヌを演じる野村玲子さんは劇団四季を退団しての初舞台。もうじき15歳という永遠の水の妖精を透明感あふれる演技で魅せていきます。
ハンスの妻となったオンディーヌに宮廷のしきたりを説く侍従役の下村尊則さんと、水界の王を演じる広瀬彰勇さん、ベルタ役の坂本里咲さんも劇団四季のOB。初日の幕が下りた後に演出の浅利氏から「この初日に一番いい演技したの誰だとおもう? しも!」と、お墨付きを貰ったという下村さんの侍従は本当にチャーミング! 良い意味で他の登場人物とは違う台詞のリズムと空気感で物語に彩りを与えていると感じました。
長らく日下武史さんの持ち役だった水界の王を演じる広瀬彰勇さんは流石の存在感で場の空気を締めていきます。威厳と慈愛に満ちた水界の王が舞台に現れる度、劇場の空気が瞬時に変わる様子はスリリング!『美女と野獣』のベルや『壁抜け男』『間奏曲』のイザベルなど、様々な舞台でヒロインを演じてきた坂本さんの凛とした姿も心に残ります。
(撮影:山之上雅信)
この他にも劇団四季・初期メンバーの1人である斉藤昭子さんや、劇団昴の山口嘉三さん、『オペラ座の怪人』ではクリスティーヌを演じた経験もある花岡久子さん、笠松はるさん、『ウィキッド』のネッサ、グリンダ役の記憶も新しい山本貴永さん、四季在籍時はキレのあるダンスで観客を魅了していた滝沢由佳さん、今回抜擢とも言えるハンス役を演じる劇団四季の中村伝さん等、お馴染みの面々がジロドゥの描く美しく詩的な世界に存在する様子は何とも豪華!
浅利慶太氏
「芝居を職業に選ぼうと決めたちょうど同じ時期にこの戯曲と出会った」
ここにある冊子があります。1966年7月から8月にかけて日生劇場で上演された『オンディーヌ』のパンフレット
。
『オンディーヌ』1966年上演時のパンフレット(ガイド私物)
これはガイドの母親が観劇した時のもので、当時のオンディーヌ役は加賀まりこさん。騎士・ハンスは北大路欣也さんでベルタは影万里江さん、王妃が藤野節子さん。そして今回ユージェニーを演じている斉藤昭子さんは皿洗いの娘役で出演されていました(この時の水界の王は水島弘さんで日下武史さんはベルトラム役でのご出演)。
このパンフレットを読んでいくと、浅利氏のコメントで「芝居を職業に選ぼうと決めたちょうど同じ時期にこの戯曲と出会った」という一文があります。浅利氏が『オンディーヌ』という戯曲と出会ったのはこの16年前……1950年頃。
まだ日本が戦争の傷から癒えず、演劇界でも政治的なプロパガンダが盛り込まれた芝居が全盛期だった当時に、フランスの劇作家・ジロドゥが描く詩的な世界は、舞台の世界に新しい風を吹き込もうと葛藤する若者たちにどれだけ美しく、夢のように響いた事でしょう。
この『オンディーヌ』という作品が、後に日本の演劇界、エンタメ界でも大きな位置を占める劇団四季の礎になった事は間違いないと思います。
『オンディーヌ』1966年上演時のパンフレット(ガイド私物)
ガイドは10代の頃から『オンディーヌ』を観ているのですが、今回ほど人間の世の……人生の「儚さ」について思いを馳せた事はありません。ラストのオンディーヌの台詞でつーっと涙が頬を伝ったのも初めての経験でした。
人の世は……人生は儚い。だからこそ、このうたかたの世を日々必死に生きて行かなければならないのだなあ……と。
自由劇場という濃密な空間で繰り広げられる美しく、そして儚い「愛」の物語。時を経ても輝き続ける珠玉の作品を是非劇場で体感して下さい。
浅利演出事務所『オンディーヌ』(協力 劇団四季)
5月5日(火・祝)まで自由劇場(東京・浜松町)にて上演中
→ 公式HP
※文中のキャストはガイド観劇時のもの