正常な免疫系は腸内細菌との相互作用で完成させられる
実験用のマウスを胎内から取り出して無菌環境で飼育すると「無菌マウス」ができます。この無菌マウスは体を守る免疫系がとても未熟な状態で成長しますが、健康なマウスの腸内細菌を移植してやると免疫系が正常化する事が知られています。哺乳類は母胎にいる時は無菌です。ヒトも産道を通る時に細菌の「汚染」を受け、それこそ時間単位、日数単位で多種多様な腸内細菌が急激に増加します。この時点で常在した細菌がその人固有の細菌叢を構成するのか否かはまだ分かりません。なぜなら、食生活が変わればある程度腸内細菌叢も変化するのは容易に理解できるからです。一方で全く同じ食事を毎日摂っていても、人によって腸内細菌のパターンがかなり違うことがよくあるのです。個人の遺伝体質が影響していると考えざるを得ません。
実は免疫系が腸内の微生物を感知して、抗体(免疫グロブリンA)を腸内に分泌して腸内細菌の種類と量をコントロールしているのです。
非自己を見分けて排除する免疫グロブリン(以下Ig)にはIgM、IgG、IgA、IgD、IgEの5種類があります。血液に多くあるIgGやIgMは破壊や炎症などの強烈な反応を起こしますが、消化管に分泌されるIgAは炎症も起さず、破壊もせず、アレルギーも起こしません。分泌液中に大量にあることで有害な抗原を中和し、細菌が過剰に増えるのを抑えています。この免疫系と腸内細菌叢の相互作用に遺伝体質が現われるようです。詳しくは下記の理化学研究所の記事をご覧ください。
■外部サイト
腸内細菌叢と免疫系との間に新たな双方向制御機構を発見(独立行政法人理化学研究所)
腸内細菌が生成する酪酸がキーワード!?
今、腸内細菌が生成する短鎖脂肪酸の酪酸が注目されています。免疫系を構成するリンパ球のうち、胸腺(Thymus)由来の細胞をT細胞といいます。その一つのキラーT細胞はウイルスやガン細胞のような非自己を認識して殺してしまいます。過剰に反応すると炎症を起こしますし、誤ってベータ細胞を殺されたらたまったものではありません。それを防止するために体は制御性T細胞を用意して免疫反応を抑制するしくみを持っています。1型糖尿病のような自己免疫疾患では、その制御性T細胞がうまく働いてない可能性があります。腸内細菌が作る酪酸が制御性T細胞を増やすのでベータ細胞をキラーT細胞から守る可能性が浮かんできました。上記のde Goffauらの論文でも1型を発症させないために食物繊維を分解して酪酸を生成する細菌の重要性を示唆しています。
また、自己免疫疾患(1型糖尿病もその一つ)のある人は腸粘膜のバリアーが不完全であるという指摘があります。ここから腸内細菌や細菌の細胞壁成分(毒素)が血液に移行して免疫反応(炎症)を起こします。酪酸は腸の上皮細胞の大切なエネルギー源であり、細胞増殖にも関与して粘膜バリアーを強め、下痢などで傷んだ上皮細胞を修復する役割もあります。
■外部サイト
腸内細菌が作る酪酸が制御性T細胞への分化誘導のカギ(独立行政法人理化学研究所)
それでは酪酸を飲めば炎症性腸疾患や1型糖尿病、大腸ガンの予防になるかというとそんな簡単なものではありません。強い酪酸は腸の細胞を死滅させてしまうのです。
今、研究者が注目しているのは、腸内の乳酸菌が乳酸を増やし、その乳酸を餌にした酪酸生成菌が酪酸を生成するという「善玉菌サイクル」です。酪酸生成菌はオリゴ糖も作るので、それをエサにするビフィズス菌を増やす更なる相乗効果がありそうです。
次回はその乳酸菌を増やす機能性食品のプロバイオティクス(Probiotics)、プレバイオティクス(Prebiotics)、バイオジェニックス(Biogenics)を説明します。
■関連サイト
腸内細菌と糖尿病…その深い関係の研究(1)
腸内細菌と糖尿病…その深い関係の研究(2)