原作で掲げられていた「満足」とは

原作の10巻(完全版では8巻)の第63話「日常の中へ」では、新一のモノローグとして以下の言葉が掲げられています。

「ほかの生き物を守るのは人間自身がさびしいから、環境を守るのは人間個人の満足があるだけなんだ。でもそれでいいし、それがすべてだと思う。人間の物差しを使って、人間自身をさげすんでみたって意味がない」

これは前述の利他主義とも、利己的遺伝子とも違う、「個人の満足」があればそれでいいという考えかたです。


田宮良子(寄生生物)の答え

田宮良子は新一に赤ちゃんを預ける前に「またひとつ疑問の答えが出た」と言っていました。

田宮がどんな疑問の答えを出したのか? それは、「なぜ自分が他者(人間の赤ちゃん)をかばって死ぬのか」という疑問について、「自分が満足すればそれでいい」という答えなのではないでしょうか。

さらに、後藤は「人間のために人間という種を殺している」という満足、ミギーは「新一のために戦い、人間という種のすばらしさを理解できた」という満足……そのように、寄生生物も人間と同じような「満足」を手にしたと言えます。

それは、利他行動でも、利己的遺伝子説でも説明できない、「人間」らしい考えだと思います。

まとめると、映画『寄生獣 完結編』は、原作以上に寄生生物が人間に近い存在だったこと、そして寄生生物が答えを探し続け、ある程度の人間と同じような「満足」が描かれた作品であった、ということです

また、田宮良子の「笑い」は、原作では「嘲笑」という自分のためものでした。しかし、映画では他人(人間という違う種)のための「いないいないばあ」をしたときに微笑みが現れる……それも「人間らしい満足」を示しています。なんと素晴らしい改変なのでしょうか!
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さらに、映画ではもうひとつ、素晴らしいシーンを用意してくれていました。

新一と恋人の里美は、養護施設に預けていた田宮良子の成長した子どもを見に来ていたのです。新一は、田宮良子が「いないいないばあ」をしたときと同じように笑顔を見せ、子どもも屈託のない笑顔を浮かべていました。

それはミギーの言うように他人を思いやる愛おしい行動ではあるのですが、突き詰めれば人間(寄生生物)個人の満足のためとも言えます。

「利他行動」でも「利己的遺伝子」でもなく、ただ「満足」のために行動する。それが人間を含めた生物のすべてであり、それでいいのだと思います。

■映画『寄生獣』公式サイト

【キャスト・スタッフ】
染谷将太、深津絵里、阿部サダヲ、橋本愛、新井浩文、岩井秀人、山中崇、ピエール瀧、
豊原功補、大森南朋、北村一輝、國村隼、浅野忠信

監督・VFX:山崎貴
脚本:古沢良太、山崎貴
原作:岩明均「寄生獣」(講談社刊)
音楽:佐藤直紀
撮影:阿藤正一
美術:林田裕至
キャラクタービジュアルディレクター:柘植伊佐夫
VFXディレクター:渋谷紀世子

(C)2015映画「寄生獣」製作委員会



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