本を通じて人間関係を醸成、
各地で本を中心にした活動が増加中
売れなくなっているとはいえ、本が好きという人は少なくない。誰かの会話の糸口になるものの代表としてはペット、食べ物があるが、それに次ぐ、人をつなぐ存在として本があるように思う。写真は情報ステーションが運営する民間図書館のひとつ(クリックで拡大)
その一方で本を通じて人がつながる場を作ったり、街の活性化など、本を巡る面白い動きが目につくようになってきた。
全く知らない土地で誰ひとり知ることなく暮らすより、街に知り合いを作り、地域に溶け込んだ暮らしをしたいと思う人なら、「本」のある街で暮らすことを考えてみても良いと思う。ここでは首都圏のいくつかの街での本を巡る動きを取材した。
10年前、大学生が作った民間図書館を拠点に
街に新たな人間関係が誕生@船橋市
図書館といえば国や都府県、市町村が運営するのが一般的だ。しかし、千葉県船橋市にはNPOが運営する民間図書館がある。2004年3月、当時大学1年生だった岡直樹さんが地域の活性化、街づくりをテーマに始めた活動の一環として法人登記の翌年に始めた事業が発展したもので、現在、その数は延べ35館(船橋市以外に千葉県内、遠いところでは京都府にも)。
2014年にはNPO法人知的資源イニシアティブ(IRI)がこれからの図書館のあり方を示唆するような先進的な活動を行っている機関に対して授与する「Library of the Year」(LoY)を受賞。船橋市の公立図書館とも提携するなど、地道な活動が評価されつつあるところだ。
現在、NPO法人情報ステーションの代表を務める岡さんは船橋生まれの船橋育ち。船橋は都心に近いことから1960年以降宅地開発が急ピッチで進み、中核市の中ではトップレベルの人口を誇る。駅周辺には商業施設が集積、大型店も多く、繁華な街でもある。
だが、岡さんは自分の故郷が、他の多くの人たちにとっては単なる通り道でしかないことを感じていたという。「便利な街でなんでもあるけれど、何もない。秋葉原に行こう、吉祥寺に行こうという人はいても、船橋に行こうという人はいない。ここは人が通り過ぎていくだけの場所になっている」。引っ越してくる人は多いものの、同様に出ていく人も多く、行ってみれば通過点。それでいいのかという疑問が原点になった。
街に愛着を持ってもらうためには、その街を知ってもらうこと、顔の見える人間関係を作ること、その2つが大事だろうと考えた岡さんたちが始めたのが駅前の再開発ビルの一角を利用した図書館。
現在はJR、京成線をつなぐ形になっているビルだが、当時はJRとのみつながっており、どん詰まり状態。その活性化を図るため、蔵書は寄付を募り、運営はボランティアを集めることで図書館を運営することにしたのだ。
「当時学生だった自分自身が通学に往復4時間もかかったこともあり、5時に閉まる公立図書館を利用できなかったのが発端でした。それに本は世代も、所得も選ばない。百貨店でも上層階に書店が入っていますが、それは上の階に人を集めるシャワー効果を狙ったものなのだとか。それに蔵書を上手に回転させれば意外にスペースも必要ありません」。
ただ、公立の図書館が静かに本を読む、社会教育施設であるとしたら、民間の図書館は交流の場だと岡さん。「今どきは賃貸で引っ越ししたら、変に関わらないよう、近所には挨拶するなと言われるそうで、隣人がどんな人かも知らないのが一般的。でも、それでいいんだろうかと思うのです。といっても無理して付き合う必要があるわけではなく、互いに気持ち良い距離感がどんなものかを考えた時、そこに一人でいてもいいし、誰かと話をしてもいい、そんな場所が必要なんじゃないかと思うのです。もちろん、それが図書館でなくてもいいわけですが、民間の図書館はそうした場になりうると思うのです」。
岡さん自身10年やってみて知り合いは飛躍的に増えたという。
図書館に限らず、公的な施設には料金は安くて済むかもしれないが、様々な制約がある。たとえば公民館はグループを対象にしていることが多く、団体以外での利用は難しいし、利用にあたっては登録が必要。飲食、特に酒は絶対にダメだし、活動目的、参加者の要件を明確にする必要がある場合には、どうしても同じ趣味、年代の人が集まりがちになる。また、一度グループが生まれてしまうとなかなか新しい人は入りにくくなりもする。ある日、新しい人間関係を求めて訪れても、仲間に入れてもらいにくいこともあり得るというわけで、民間のような柔軟さは望みにくいのである。
さて、開始から10年。民間図書館は確実に増え、利用者は1万人超、ボランティアとして関わる人は小学校入学前の子どもから上は80代まで、約650人。岡さんはこれを市の小学校と同じ50館にまで増やしたいと考えている。船橋市の小学校に匹敵する数である。
高齢化が進む団地では
引きこもる高齢者を地域に引っ張り出す役割も
民間図書館が生み出しているのは、地域内の顔が見える関係、街への愛着だけではない。地域で孤立してしまいがちな高齢の独居老人を引っ張り出したり、町に活気を生み出したり、多世代交流を促進したりと図書館には様々な効用があるらしいのだ。
「最近、利用が増えているの船橋市の隣、習志野市にある袖ヶ浦団地内の袖ヶ浦団地まいぷれ図書館。ここは47年前に入居が始まった古い団地で高齢化が進んでおり、独居の高齢者が多い。そうした人たちが利用者として、あるいはボランティアとして図書館に集まっているのです。朝早い高齢者が多いので、朝11時オープンのはずが現在は9時から開いていることも。本を読むというよりも井戸端会議、立ち話の場として機能しているようです」。
特に仕事一筋で生きてきた男性の場合、リタイア後、家にも地域にも居場所がないと感じ、それがやがて引きこもりという形に転ずることがある。実際、古い団地、マンションなどでは孤独死予備軍とも言えそうな人たちが少なからず存在する。岡さんは図書館がそうした人たちを引っ張り出す契機として機能できるはずだと考えている。
「介護や被災地支援などのボランティアよりもハードルが低いこともあり、シニアのボランティアは増加傾向にあります。窓口に座り、書籍、利用者カードのバーコードを読み取るだけの作業ですから、誰にでもできる。でも、それで感謝され、会話が生まれるのですから、一人自宅にこもっているより、どれだけ楽しいか。シニアボランティアの中にはほとんど毎日、何かしら手伝いに来てくださる方もいるほどです」。
また、袖ヶ浦団地のように地域の空き店舗を利用した例では、図書館が地域情報を発信したり、利用者が図書館利用のついでに近隣の店を利用するなどで賑わいが戻ってきつつもある。幅広い年代のボランティアがひとつの作業を行うことで、これまで家族、先生などの限られた大人としか接したことのない子どもたちが多世代と交流できるようにもなる。
ライブラリー・オブ・ザ・イヤーの受賞などで取材が増えたという情報ステーションだが、こうした活動はもっと知られるべきことだと思う。また、高齢者の多い団地やマンションなどでは同様の活動をしてみても良いのではないだろうか。
続いては国分寺市の自宅を開放した図書室とその広がりを紹介しよう。