糖尿病/海外旅行・災害時の糖尿病ケア

海外旅行中の注射針、穿刺針の適正な処理について

10年ぐらい前にJ医科大学で「海外旅行とインスリン」の講演会が開かれ、1型糖尿病のビジネスマンが米国西海岸往復の体験談を話した際、航空会社のキャビンアテンダントからフライト中のインスリン注射針・血糖測定の穿刺針の処理についての質問がありました。

執筆者:河合 勝幸

インスリンペンの注射針。医学的にはこれで感染するとは思えませんが、使用済みの注射針や穿刺針による刺し傷は他者に大きな負担をかけます。

インスリンペンの注射針。医学的にはこれで感染するとは思えませんが、使用済みの注射針や穿刺針による刺し傷は他者に大きな負担をかけます。

10年ぐらい前にJ医科大学で「海外旅行とインスリン」の講演会がありました。1型糖尿病のビジネスマンが米国西海岸往復の体験談を話した際、航空会社のキャビンアテンダントからフライト中のインスリン注射針・血糖測定の穿刺針の処理についての質問がありました。講演者は血糖測定とインスリン注射を食前に行うので、料理トレイの残り物に紛れ込ませて捨ててしまうと答えて、司会者の著名な教授が大慌てで話題を転じていましたが、これこそ絶対にしてはならない行為なのです。

日本の糖尿病者だけでも年間10億本以上の針の廃棄?!

大手のインスリン製薬会社にわが国のインスリン治療中の糖尿病患者数を尋ねたことがあります。非公式な数字として80万人くらいとのことでした。日本の糖尿病患者は圧倒的に2型糖尿病が多いので、一日2本の注射針を使うと想定すると、

80万人×2本×365日=5億8,400万本

更に同数以上の血糖自己測定の穿刺針が廃棄されますから、インスリン在宅治療の糖尿病患者だけでも年間11億本超の針を廃棄していることになります。

米国では医療機関を除いても70億本/年の鋭利な物(自己注射医療用注射針、点滴針など)が廃棄されていてその中には当然ながら糖尿病患者の命を守る注射針・穿刺針も含まれています。糖尿病患者には大切なものでも、処理を誤ると第三者を傷つけてしまいます。米国のFDA(食品医薬品局)によると、毎年85万人以上の人が注射針のような鋭利な物でけがをしています。この数字は医療現場での針刺し事故を含まず、家庭ごみによる事故の数字です。

針刺し事故はこんなに危険

家庭ごみの収集・処理業者、リサイクル業者、ビルの清掃業者、下水管業者、ホームヘルパー、子供達、近隣の住人、ペットなど、不注意に廃棄・放置された注射針に近づく機会がある人は針刺しによる感染症リスクがあります。

日本医師会によると、自己注射をしている在宅医療患者100人の内、血液・体液を介して感染するB型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルスに感染している率は100人に1.2人程度で、一般に生活している人と同じです。

問題は、針刺し事故を受けた人はその注射針を感染性のある物として処置しなくてはならないことです。(社)全国ビルメンテナンス協会によると、ビル清掃中に針刺し事故を受けると、肝炎・梅毒・HIVの血液検査を2週間後、1ヵ月後、半年後、1年後に受けなくてはなりません。中にはB型肝炎の抗体がないため点滴を受けた人もいました。その検査費用と予防措置、心の不安を個人で負担しなくてはならない人もいるでしょう。日本では「鋭利であるが安全な仕組みを持つペン型自己注射針」を殆んどの患者が使っているので気が緩みがちですが、米国では民間健保会社規定がまちまちなのでシリンジと注射針によるインスリン注射がまだ多いのです。

そのせいか、カリフォルニア州(米)では2006年に当時のアーノルド シュワルツェネッガー知事が家庭ごみにいかなる注射針を入れてはいけないという法律に署名し、2008年9月までに各地方の家庭の使用済み注射針を回収するプログラムを用意して、同州では家庭ごみの注射針は全て禁止となりました(2008年)。日本医師会は使用済みの注射針を身近な家庭の可燃ごみとして廃棄することを勧めていますから、全く逆の指導です。

日本では病院で支給した穿刺針などは、同じ病院で廃棄物として受け容れてくれますが、ニューヨーク州(米)ではすべての病院、介護施設などが所定の容器に収めた注射器・針を無条件で受け容れるように法律で定められています。薬局やクリニック、役所の出張所などにも注射器・針の収納容器を投棄する金属のボックス(Kioskキオスク)が設置されています。米国各州の注射器/針の処理法を知るには(米)環境保護局・EPAのサイトをご覧ください。

EPA

日本医師会

日本医師会のサイトでは「在宅医療廃棄物の取扱いガイド」2008年3月の8ページのパンフレットが患者向きです。

糖尿病患者の注射針の始末 9ヵ条

ごみ処理、ビル清掃、リサイクル業、下水清掃業に携る人達、子供達、ペット、そしてあなた自身を針刺し事故から守るために……

  1. 注射針類をばらばらにごみ箱に入れてはいけません
  2. 注射針(ペン型注射針)や穿刺針をリサイクル用品に扱ってはいけません
  3. 注射針廃棄容器を子供の手が届く所に置いてはいけません
  4. 注射針をトイレの排水に流してはいけません
  5. 使用済み注射針を入れる容器として、割れやすいガラスびん、針が突き抜けるミネラルウォーターの薄いプラスチック容器や牛乳の紙パック、リサイクルされるコーラ缶などを使ってはいけません
  6. 米国ではバイオハザード(感染性廃棄物)を入れる肉厚のプラスチック容器が用意(有料)されていますが、全体の2/3のところに限度マークがあります。中身が針ですから、口まで押し込んではいけません
  7. 使った針はすぐ容器に入れること。後回しにしてはいけません
  8. 注射針を曲げたり、折ったりしてはいけません
  9. 他人の使用済みの針を頼まれてもリキャップしてはいけません。手元にプラスチック容器が無い場合は、自分自身でリキャップするように。

 

注射針専用容器の課題

(社)東京都薬剤師会はペン型インスリン針が120個入る容器をインスリンペンと注射針を購入した人に無料で提供してくれますが、他県の実態は不明です。千葉県では針の回収はしてくれますが、支給される容器は他の薬の容器の再利用です。

東京都薬剤師会の注射針の回収率は21.3%と推測(平成25年11月)され、既に容器代、処分費用が1600万円掛っていて、これを都薬剤師会と地区薬剤師会が負担していますから、いずれは行き詰ると思います。

米国でもこの費用負担が大問題となり、家庭ごみ注射針全面禁止のカリフォルニア州では注射針メーカーやインスリンメーカーに要求する運動が起きていて、健康保険会社に負担を求める声も上がっています。まだまだ未解決です。

米国では上記のようにシリンジ用の注射針が多いので肉厚の耐貫通性を持たせなくてはなりません。このような容器はわが国でも医療機関用に1.4リットルのものが400円程度で売られていますから、米国の問題の大きさが分かります。そのため、米国の糖尿病者には液体洗剤の肉厚の容器の再利用が薦められています。その場合は自分で「Sharps Biohazard, Do not Recycle」感染性注射針、リサイクル禁止と明記します。

くれぐれも海外旅行の場合はその国の規制に従ってください。担当医に尋ねても、まずご存知ないでしょうから、良識に従ってください。私はチューインガムの空ボトルを持って出かけることにしています。

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