『三文オペラ』観劇レポート
社会の矛盾が生んだ不条理を風刺しつつ
観る者を鼓舞する音楽劇
『三文オペラ』撮影:谷古宇正彦 写真提供:新国立劇場
19世紀、女王の戴冠式間近のロンドンを舞台に繰り広げられる群像劇。“警視総監のタイガー・ブラウンと癒着し、要領よく生きてきた盗賊団の首領メッキ―ス(メッキー・メッサー)が、結婚によって人生最大の危機に遭遇。彼女の両親であるピーチャム夫妻が激怒し、彼を死刑にするようタイガーを脅迫したのだ。昔の恋人ジェニーの裏切りにも遭い、逮捕されたメッキ―スの運命やいかに?”……という物語が、アクの強いのキャラクターたちに彩られ、展開していきます。
『三文オペラ』撮影:谷古宇正彦 写真提供:新国立劇場
ぎらぎらとした生命力を漲らせる池内博之さんのメッキース、コメディ・センス全開で「権力者の正体」を体現する石井一孝さんのタイガー、煮ても焼いても食えない親父ぶりが痛快な山路和弘さんのピーチャム、嫉妬心むき出しでメッキースをとりあうナンバーを面白く聴かせるソニンさんの妻ポリーと大塚千弘さんのルーシー……。いずれ劣らぬ曲者揃いですが、中でも強烈な存在感を見せているのが、島田歌穂さん演じる酒場のジェニーです。
『三文オペラ』撮影:谷古宇正彦 写真提供:新国立劇場
メッキ―スの昔の恋人ながら、一度ならず二度までも彼を裏切り、密告。その心中が言葉で語られることはなく、動機は謎のままながら、彼女がメッキ―スと昔の日々を振り返るナンバー「ヒモのバラード」や、メッキースをソロモン王やクレオパトラら悲劇的な末路を迎える歴史的人物たちと並べた歌「ソロモン・ソング」には哀感と虚無感が満ち、圧巻です。
『三文オペラ』撮影:谷古宇正彦 写真提供:新国立劇場
また乞食の一人、片岡正二郎さん演じるフィルチが終盤、メッキ―スが処刑されるべく階段をのぼってゆく間も、その後にどんでん返しが起こってからも、同じように楽しんでいるかのような飛び跳ね方をしているのを見るにつけ、この舞台の、人間へのドライな視線が感じられます(演出・宮田慶子さん)。
『三文オペラ』撮影:谷古宇正彦 写真提供:新国立劇場
“一癖もふた癖もある”のはキャラクターばかりでなく、登場する楽曲も同様です。あと数小節演奏がありそうなところでふっと終わり、次の芝居に移行。一般的なミュージカルではまずありえない、不意な終わりにはじめはとまどいますが、次第にその「空白の数秒間」がナンバーを反芻するための余韻となり、不思議な面白さが生まれています。
最後にピーチャムが「(実際には)この世には救いの神は来ねえ」と釘を刺し、皆で「この世の冷たさに凍え」と歌う。金がすべての資本主義社会を痛烈に風刺した芝居、ではあるのですが、今回はバイタリティ溢れる出演者が揃うことで、風刺にとどまらずもう一つ、「だからこそ人生を存分に生きろ!」という力強いメッセージが放たれる舞台となっています。キレのいい、クリアな音を聴かせた9人編成のオーケストラも大きく貢献。帰途、ほとんどの観客の耳には、どこかドライで、どこかとぼけたあの主題歌のメロディが長く残ったのではないでしょうか。