中国伝統医学(中医学)と日本漢方の違い

1.中国伝統医学(中医学)の始まりは4000年前

中国伝統医学(中医学)の始まりは、今から4000年前の「夏」の時代、「殷」の時代まで遡ります。中国の書物で有名な三国志の時代でさえ西暦200年頃の話です。それよりも遥か昔に誕生したといわれています。

中国伝統医学(中医学)を語る上で忘れてはいけない人物がいます。医薬の祖といわれている「神農」、「黄帝」の2名です。2人が生きていた時代は文字がない時代であり、本当に実在していたかどうか定かではありませんが、その2人が著し たとされる書籍が現代にも生き続け、私たちに多大な影響を与え続けています。

まだ、この頃は医療体系などできているわけもなく、手探りによる医術が行われていたのでしょう。しかし、この頃から、膨大な知識や技術の重積が始まり、中国伝統医学(中医学)の礎が築かれ始めました。

神農、黄帝

            神農本草経・黄帝内経・神農・、黄帝


2. 日本文化の発祥は中国大陸から上陸、それと共に医学も伝わった

日本文化とは、一体どこから伝来されてきたのだろうか?言わずと知れた中国からの文化が日本に根付いたというのは周知のことでしょう。寺院、仏閣など宗教や生活習慣、もちろんそこには医療も含まれていました。

562年、呉人(三国時代)である知聡が鍼治療の方法を持ち込んだのが最初と言われています。その後、遣隋使や遣唐使によって医書や漢方薬が伝えられ、平安時代には中国の伝統医学はすっかり日本に根付いていきました。

3. 漢方という言葉の由来は?

現在、日本では「漢方薬」という言葉があるように、「中国伝統医学=漢方医学」と理解されている方が非常に多いように思います。厳密に言うと、2つは似ているようで、似ていないのです。

そもそも、「漢方」という言葉はどこから由来しているのでしょうか。中国伝統医学(中医学)が日本に伝来した時代を考えれば、「晋方」や「唐方」というはずですが、「漢方」と呼ぶ理由は、漢の時代にすでに成立していた医学だからです。中国伝統医学(中医学)の原典ともいえる『黄帝内経』や最初の薬学書『神農本草経』は漢の時代にはすでに編纂されていたということです。

4. 日本漢方の始まりと実践

さて、飛鳥時代から奈良時代に伝えられた漢方は、平安・鎌倉時代を経て安土桃山時代までは、本家である中国の後を追うように発達してきました。しかし、日本人の漢方医師が増えるにつれて、彼ら自身による医書が出されるようになり、その中には基礎理論よりも臨床を重視したハウツー本も含まれるようになりました。

安土桃山時代にはそうした手軽なハウツー本が流行し、漢方の基礎理論があまり顧みられなくなってしまいました。この状態に拍車をかけるように、江戸時代になると、鎖国政策のために中国からの情報が途絶え、漢方は日本独自の道を歩むことになったのです。

鎖国が始まり、情報が途絶えても、それまでの情報の蓄積が十二分であれば良
傷寒論

傷寒論・金匱要略
 

かったのですが、日本にしっかりと伝えられていた中国伝統医学(中医学)の古典は『傷寒雑病論』と『金匱要略』の二種類だけだったので、江戸時代以降の日本の漢方は、その二種類の理論をベースに発展することになりました。よって、中国伝統医学(中医学)と日本漢方とは,ルーツは同じ中国伝統医学(中医学)でありながら,異なる発展を遂げている医学なのです。

ちなみ、『傷寒雑病論』と『金匱要略』は西暦200年頃、張仲景によって書かれた書物で、かの有名な「葛根湯」の処方が記載されている書物です。
葛根湯

葛根湯(煎じ薬とエキス剤)


5. 時代と共に中国伝統医学(中医学)とは別の方向へ

江戸時代、日本漢方の原典である『傷寒雑病論』と『金匱要略』を中心に発展を遂げるのですが、古方派,後世方派,折衷派などと呼ばれるグループができました。それぞれのグループに強い思いがあったのだろうと思いますが、理論を否定するグループや傷寒雑病論だけを信じるグループ、両者を取り入れようとしたグループ、理論に固執したグループなど偏ったグループが出来上がり、主張合戦を繰り広げていました。

しかし、時代は流れ、江戸時代中期にはオランダより現代医学のルーツである「蘭方」が導入されてきました。次第に漢方は脇役へと追いやられて、それでも鍼灸治療などは盛んに行われていましたが、明治維新によって、漢方は完全に医学の表舞台から姿を消すことになります。その後一部の医師や薬剤師・薬種商などの尽力により、民間レベルで生き続け、第二次世界大戦後は中国との国交正常化もあって本来の漢方、つまり中国伝統医学(中医学)の知識が入ってきました。このあたりから漢方は再び注目を浴び、現代医学に取り入れられるようになりました。


現時点での中国と日本の東洋医学の考え方の違い

東洋医学を実践している専門家にとって、理論はとても大切なものです。そして人間は考え、経験を積み学習する生き物ですから、各々に独自の理論が生まれてきても仕方ありません。そのため、「○○が良い」、「○○は悪い」などという偏った考え方が生まれてくることもあります。実際に、専門家によっては中国伝統医学(中医学)と日本漢方を一緒に考えてほしくないという考え方もあります。ただしこういった思想は、本家中国でも4000年の歴史の中で同じようなことがたびたび繰り返し起こっていました。

中国伝統医学(中医学)の歴史はとても古いので、時代によって病の種類が変化し、食材や衣類など生活習慣も変化しました。その結果いろいろな考え方が生まれ、派閥が生まれ、発展や衰退を繰り返してきました。現在もまだ解明されていないツボや漢方の世界は発展途上であり、これからもいろいろな考え方が生まれてくるのだろうと思います。それを考えると現在の中国伝統医学(中医学)も漢方医学も細かく区別する必要もないのかもしれません。

中国や韓国、アメリカやヨーロッパでは中西統合といい、一つの病院で中国伝統医学(中医学)と西洋医学が手を取り合い治療にあたることも多くなり、お互いの弱点を助け合い、両者の強みを合わせることで今まで以上の効果を出すこともあるようです。ようやく日本でも漢方薬が広く使われるようになりましたが、他の国に比べると統合医療については遅れをとっていると言わざるをえません。

流派や中医学、日本漢方などにこだわり過ぎるのではなく、どうやって症状や病気を改善できるか、どうやったら病気にならないように予防できるか、どうやったらクライアントが幸せになるか考えなくてはなりません。そのためには、中国伝統医学(中医学)や漢方医学をはじめとする東洋医学はお互いに理解しあい、歩み寄り、病院医療である西洋医学とも理解しあい、歩み寄る必要性があります。

世界中で年々、“予防概念”が強くなり、病気にならないようにするにはどうするか?に着目した食事や運動など健康増進が発展してきています。日本においても高齢化によって医療保険が年々増加し、近いうち崩壊すると主張する専門家もいます。

その対策として、今の医療に東洋医学を取り入れてほしいと思います。東洋医学の潜在能力は計り知れないものがあますので、皆さんの健康維持、症状や病気の緩和・改善に一躍を担ってくれるはずです。ぜひ、一度東洋医学の扉を叩いてみてはいかがですか?

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