ノーベル平和賞を受賞したヴィリー・ブラントの博物館「ヴィリー・ブラント・ハウス」

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リューベックが生んだ偉大な政治家、ヴィリー・ブラントの記念館。マルチメディアによる展示は見応えたっぷり

世界遺産に登録されている古都リューベックの旧市街には、この町が輩出した3人のノーベル賞受賞者の博物館が置かれています。ノーベル文学賞を受賞したトーマス・マンの博物館「ブッデンブロークハウス(Buddenbookhaus)」、同じく文学賞を受賞したギュンター・グラスの記念館「ギュンター・グラス・ハウス(Günter Grass-Haus)」、そして今回ご紹介するのが、2007年にオープンした「ヴィリー・ブラント・ハウス(Willy-Brandt-Haus)」。ノーベル平和賞受賞者にして、おそらくドイツで最も尊敬されている政治家、故ヴィリー・ブラントを偲ぶ記念館兼博物館です。

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中庭に置かれたベルリンの壁

ヴィリー・ブラント・ハウスでは、ワイマール共和国からドイツ再統一にいたる彼の政治人生がマルチメディアで分かりやすく紹介されていて、同時にドイツの歴史、現代史も学ぶことができます。ベルリンの壁が築かれた当時、ブラントが西ベルリン市長を務めていたことから、中庭にはベルリンの壁の一部が展示され、売店では小さな「ベルリンの壁のかけら」を購入することもできます。

政治や歴史というとつい堅苦しく考えがちですが、「民主主義」「人権」「平和」という人類共通のテーマが中心にあるこの博物館では、誰もが何かしら感じることができるはず。入場無料なので、ぜひたくさんの人に訪れてほしい場所です。

ドイツで最も尊敬される政治家、ヴィリー・ブラントとは

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ヴィリー・ブラントの名を決定的にした出来事「ワルシャワでのひざまずき」

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展示から当時のドイツの様子が伝わってくる

1913年、リューベックで生まれたヴィリー・ブラントは、10代の頃にドイツ社会民主党(SPD)に入党し、機関紙に寄稿するなどジャーナリストとして活動していましたが、ナチスの迫害にあい北欧へ亡命。第二次世界大戦後ドイツへ戻ってからは、西ベルリン市長、西ドイツ首相、欧州議会議員などを務め、1992年に亡くなるまで精力的に政治・社会活動を続けました。

ナチス支配、戦争、ベルリンの壁建設、東西ドイツ再統一……とドイツ激動の時代に政治家として生きたヴィリー・ブラント。ドイツの政治史は彼無しには語れないというほどたくさんのエピソードを残していますが、なんといっても有名なのは「ワルシャワでのひざまずき(Warschauer Kniefall)」と呼ばれる出来事。1970年12月7日、西ドイツ首相としてポーランドとの国交正常化基本条約に調印し、ワルシャワのゲットー記念碑に献花したブラントは、突然ひざまずいて黙とうを捧げたのです(当時この行為は国外では歓迎されたものの、ドイツ国内では保守派から大きな反発を受けました)。翌1971年、ブラントは一連の東方外交の功績により、ノーベル平和賞を受賞しました。

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ベルリンとも縁深いブラント氏

ヴィリー・ブラントの思想や行動は、今もドイツに影響を与え続けています。ドイツでは各都市に彼の名を冠した「ヴィリー・ブラント通り」があり、ベルリンに開港予定のブランデンブルク空港には、副名称として彼の名が付けられています。ちなみに、ベルリンの社会民主党本部ビルの名称もリューベックの博物館と同じく「ヴィリー・ブラント・ハウス」。政党本部でありながら定期的にアートの展覧会が開催されるオープンな場所で、政党を越えてたくさんの人が訪れています。

 


Willy-Brandt-Haus
住所:Königstr. 21 23552 Lübeck
TEL:0451-1224250
営業時間:1~3月 11:00~17:00 4~12月 11:00~18:00 月休
入場料:無料
アクセス:マルクト広場から徒歩8分


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