「土地は返せない」…5年間だけ貸す約束だったのに!
■「軽い気持ち」が長きにわたる後悔の出発点
こんなに良い土地だったのに
Iさんは、亡くなったご主人の残した約150坪の土地を月々わずか10万円で、となり町の工務店に貸していたのです。社長は、かつて、その土地をIさんが持っていることを聞きつけ、飛び込みで訪ねてきたのでした。
当初は、「資材置き場として5年間貸す」約束でした。工務店から契約書をさりげなく渡され、見ると確かに「期間は5年間」と書かれています。「5年後に返してもらったらアパート経営でも考えよう」と、その場で署名捺印したIさん。
間もなく「プレハブ倉庫を建てたい」と工務店から申し出がありましたが、「それくらいなら」とIさんは安易に承諾。それがアダとなってしまったのです。
工務店はさっそく簡単な造りの倉庫を建てました。そしてそれを登記したのです。建物の存する「借地権」が発生してしまったのでした。
Iさん「だって、5年間の約束でしょう?」
工務店「いえ、お返しできませんねぇ」
Iさん「どういうことでしょう」
工務店「借地借家法をご存知ありませんか?」
■なぜ土地を返さなくても良いのか?
・契約内容は「土地使用契約」ではなく「土地賃貸借契約」となっている。土地賃貸借契約の場合は、借地権が発生する。借地権がある場合は建物の建築が認められる
・賃料を地代と表現されている(使用料という表現ではない)
・契約期間は5年と書かれているが、借地借家法の規定が適用される内容なので、30年未満での土地賃貸借の定めは無効となり、自動的に30年となる
・建物が登記されたことにより、工務店は、第三者への対抗ができる(借地権の存在を押し通すことができる)
・借地権ではなく、使用であるという明記がなく、よく読むと契約の終了の項目が「協議の上……」というあいまいな表現である。
借地借家法の危ない落とし穴
■相手に一度認めた権利を覆すことは、とても難しい失った財産価値は?
正当事由が認められるハードルは高く、下記などの正当な理由がなくては、明け渡しを得るのは困難です。
・地代の不払い、及び相当の期間を設けて督促を繰り返したことの立証
・無断転貸や承諾なしの建て替えなど著しく信頼関係を失わせるに足る事実の証明
また、いくら契約時に「法律事情に詳しくなかった」と言っても、次の内容は現状の追認・容認と解釈されます。Iさんの主張は極めて通りづらい状況です。
・倉庫を建てることを認めた
・時々、現地を見て倉庫の存在を知っていた上で地代を毎月受け取った事実
Iさんには土地のほかには大きな資産は無く、小さな家でつつましい生活をしており、かたや工務店の社長は立派なスーツを着て高級車を乗り回し、Iさんの何倍も裕福そうな様子でした。
戦うならば、資金力ある相手と争う長い裁判を覚悟しなくてはならないでしょう。
■土地は取り戻せたが……大きな代償が
精神的にも大きなエネルギーの必要な長期の裁判はとても続けられないと、気持ちが折れてしまったIさんは、何度かの話し合いを工務店と続けた末、工面に工面を重ねて用意した2,000万円を支払って土地を取り戻すことにしました。当初の契約期間満了日からすでに2年の月日が経過し、最初の契約から数えてちょうど7年が経った頃のことでした。
Iさんが得た地代=10万円×7年間(84ヶ月)=840万円
差し引き1,160万円の損害です。
果たして、こんな理不尽なことがまかり通るのでしょうか?
この土地は、更地で約1億円と評価されて、借地権割合が60%の地域にありました。よって、借地権が発生しているのならば、格安で貸してしまったことにより約6,000万円相当の財産価値を渡してしまい、その結果として約1,200万円を失ってしまったのです。専門家からその内容を言われ、その金額を聞かされたIさんは本当に夜も眠れない状態が続きました。
結局Iさんは6,000万円相当もの財産を格安で他人に貸したことになりますが、何の益にもならなかったばかりか、大きな損までしてしまったのです。
歴史的背景もあり、地主に厳しい借地借家法
そもそも、1921(大正10)年に制定された借地法は、富国強兵の道を進むため、軍人・工員の住居を確保することを目指していました。その後、第2次世界大戦直前に出征兵士の、賃貸暮らしの家族を守り、兵士たちを安心して戦地に行かせるために、1941(昭和16)年の改正で「正当事由制度」が導入されたのでした。借地法・借家法は敗戦により戦後もそのまま残り、その強力な賃借人保護の考え方が裁判でも受け継がれて、地主さん家主さんがの敗訴のする判例の歴史のが積み重ねなりが、現在に至っているという、貸主側からするととても恐ろしい法律です。契約書の条文にどんなに期限や契約の解除の条件を定めても、この法律のほうが優先されて、借主に不利と認定された契約書の条文が無効となるというものなのです。
1992(平成4)年の改正時には、賃貸人側に配慮する規定も設けられましたが、やはり賃借人保護のスタンスは変わりません。また、平成4年以前に締結されている契約には、新法の規定が適用されず、旧法の規定が適用されます。
トラブルを避けるために
失敗をしない注意点
・土地賃貸借契約ではなく、資材置き場としての「土地使用契約書」を取り交わす
・土地には工作物・建物などを建ててはならないとする
・工務店の権利は土地の「一時的使用」にすぎないことを契約条文に明記する
・地代という表現ではなく、使用料という表現にする
建物を建てて住んだり利用したりする権利は「借地権」になってしまいますので、上記のように「「この契約は借地権を与えるための契約ではない」ことを再三念押しするようなこのような条文にすることでよって、トラブルを避けられた可能性が高いのです。
「借地権」でなく「定期借地権」に
もし、建物を建てることを容認するならば、必ず「定期借地権」にしてください。定期借地権の概要は、下記の通りです。・借地人の権利は「借地権」ではなく「定期借地権」となる
・契約期間満了時の更新がなく、借地人は建物を取り壊して更地にして返還する約束とな る
・契約期間の延長がない(更新という概念がない)
・借地人は立退料の請求はできない
大別すると三種
「契約期間が50年以上の一般定期借地権」
「同10年以上50年未満の事業用借地権」
「同30年以上で、建物付で土地を返還できる条件の付いた建物譲渡特約付借地権」
定期借地権を利用した土地活用については、さらに別の機会を利用して、徐々に解説していきましょう。
あなたのご実家は大丈夫ですか?
ところで、実はガイドである私も最近、ひやりとしたことがありました……。北国に暮らす実家の父が所有する未利用の土地に、ある人から「家庭菜園程度の畑を作らせてくれ」、「タダでは申し訳ないので、半年に一回3万円ほどは払わせてください」との申し出があって、父は、「草ボウボウにしておくよりは、まし」くらいの軽い気持ちで貸したのだそうです。
ところが1年ほど経って通りかかったところ、その土地に作業小屋が出現しており、「ありゃりゃ!」と訪ねてみると、ちょうど農作業中の夫婦がいて、「作業小屋を勝手であったが作った」との釈明と豊作のお礼を言われ、収穫されたのキャベツをありがたく貰ってきたことがありました。
なにが危険か?
・小屋を建てたのを確認しながら抗議していない=追認・容認
・定期的に金銭を受け取っている&キャベツを貰った=土地使用対価の受け取り
もちろん、万が一小屋が登記されていれば、使用者に土地賃貸借による借地権の発生(第三者への対抗要件の取得)といった構図も成り立ちます。
私が父に注意したところ、父はまったく心配しておらず、幸い使用者にも悪意はない様子でした。暫くして先方が都合により畑をやめ、ほっと胸をなでおろしたことがありました。
皆さんも、しばらく見に行っていないあなたの土地、「知らない家が建っていた」などということにならないよう、たまには訪れたほうがいいですよ。