個性的な演奏、ジャズの影響について
大:それにしても、サイさんの演奏は個性的ですよね。サ:まぁ、よく言われますね(笑)。トルコというクラシックの本場ではないところで生まれたこと、常に私が葛藤の中にあったということ、自分自身の性格、そして何よりも、自分の内なる声に耳を傾けて、自分に正直であろうという姿勢を保ってきたことに起因する、と言えるかもしれませんね。
ショパンやブラームス、ベートーヴェンを演奏するときは、彼らの曲を完璧に理解しようと努力しますが、それは楽譜上の理解だけではなく、魂・心までを追って入っていくような理解を求めます。そうして作曲家の中に入り込み、DNAを見つければ、それはもう、自ずと演奏しなければならない、というのか、演奏させられる、というのか、自然にそうなるのです。
大:演奏が特異、というのではなく、真に迫る感じがするのはそうした理由からですね。サイさんは演奏中にゆっくり手を上げて宙を見つめたりしますよね。あれは?
サ:音楽の物語の先を見ています。
大:なるほどです。楽譜上の理解に留まらない、というお話の意味がよく分かりました。それにしても、作曲家の中に入り込んだ上で、それを実現できる素晴らしい技術をお持ちだからすごいですね。そういえば、サイさんは一人の作曲家の全曲の録音やコンサートをしないですよね?
サ:はい。好きなもの、弾きたいものだけを演奏すると決めています。日本で2014年7月23日に発売の最新CDは、ベートーヴェンの作品集で、ピアノ・ソナタ第14番『月光』と第32番、そしてピアノ協奏曲第3番です。ベートーヴェンは2005年に『テンペスト』『ワルトシュタイン』『熱情』を収めたCDを出しています。それらも好きな曲で、今回出すのは、その時に録音をしなかった他の大好きな曲です。今はショパンのアルバムを作っています。
大:おぉ、どちらも楽しみです!(※この記事の最後にCDのレビューあり)
サイさんの演奏には、ジャズの影響も感じます。
サ:はい、15歳ぐらいの時から聴いていて、ジャズ的にクラシックを弾いたりもしてきましたが、私がジャズに接近するのは、私が作曲家である、ということが一番大きいですね。作曲家というのは、ジャズに限らず、電子音楽や民族音楽、日本の古典的音楽もそうですね、そうした分野を超えたあらゆる音楽に常にアンテナを張り巡らす必要があります。そう、シンセサイザー奏者の冨田勲さんの音楽もよく聴いていましたし、チック・コリアなど、ジャズの素晴らしいピアニストの演奏も興味深く聴いていました。あらゆるものに興味を持つ、という中にジャズがあった、というわけです。
大:ジャズに特徴的なのは“即興”だと思いますが、そこは?
サ:物語る術の一つですよね。音楽的なあらゆるアイディア・魂を自由に放つことがとても大事。そのために瞬間瞬間を創り出していく。そうした表現の術の一つですね。
大:サイさんが即興的に弾くジャジーなモーツァルトの『トルコ行進曲』もインパクトある人気の演奏ですよね。
サ:あれはちょっとした音楽的なジョークです(笑)。ユーモアですね。それは人生に欠くことのできないものです。
大:あれは誰が聴いても面白いですよね(笑)。それにしても、来日回数も既にかなりの数ですよね?
サ:そうですね。日本にはもう17回来ています。日本語を話せませんが、日本を愛しています。毎年来たいですよ。食べ物も好きだなぁ。お寿司、たこ焼き、お好み焼き……。北海道、仙台、福島、新潟、京都、大阪、鹿児島などなど、13都市に行っていますから、 各地の特産物についてはひょっとしたら日本人より知っているかもしれませんね(笑)。
大:確かに日本人より詳いかもですね(笑)。来日して全国を長く回っていると、トルコ料理を食べたくならないですか?
サ:トルコに帰ったら日本で食べるのよりずっと美味しいトルコ料理を食べられるのですから、日本でわざわざトルコ料理は食べないですよ。逆に、イスタンブールで美味しい日本の料理は食べられないですから(笑)、日本では日本の料理を食べますよ。それと熱燗。中毒なくらい好きですよ(笑)。日本で美味しいお酒を買ってトルコで温めて飲んでいますよ。
大:え、日本酒好きなのですか! 僕はトルコのお酒のラクが好きですよ。
サ:本当? 僕はサケの方が好きだなぁ(笑)。
ということでした。私が2000年にサイさんに初めてインタビューした際は、眼光鋭く、ナイフのような怖い感じもありましたが、今や、自身の音楽を追い求める厳しい姿勢は変わらないものの、随分と穏やかになり、音楽も視野が柔軟になり、より表現力を増していると感じます。
2014年秋の来日公演スケジュール
2014年秋の来日公演は交響曲の日本初演以外に、ソロリサイタル、サックスの須川展也さんとの共演などがあります。10月11日(土):東京交響楽団との共演(東京オペラシティ)
10月13日(月):リサイタル(豊田市コンサートホール)
10月14日(火):リサイタル(アクロス福岡)
10月16日(木):須川展也(サックス)との共演(東京オペラシティ)
10月17日(金):須川展也(サックス)との共演(大阪いずみホール)
10月18日(土):大阪フィルとの共演(京都コンサートホール)
10月19日(日):リサイタル(沖縄シュガーホール)
10月21日(火):リサイタル(北上市文化交流センター)
オール・ベートーヴェン・アルバム第2弾の内容
ファジル・サイ、待望のベートーヴェン・アルバム第2作
ピアノ協奏曲 第3番:彼の唯一の短調のピアノ協奏曲。知的かつ劇的な指揮者ノセダの引き締まった前奏を受けてサイが登場すると、やはりこの人の存在感の強さに唸らされます。激しいところはより激しく、柔らかなところはより柔らかに。またカデンツァ(即興ソロ部)は、多くの場合、ベートーヴェン自身が書いたものなど過去のものから選びますが、作曲家であるサイはやはりオリジナルのものを演奏。疾走感のある前半、かわいらしい後半で聴き物になっています。クリスタルのようなサイらしい美しい響きの2楽章。パンチを効かせた3楽章も印象的。
ピアノ・ソナタ 第32番:この最後のソナタも同じく『運命』などと同じハ短調。1楽章は緊張感高く、ドライでほろ苦くキレ味鋭いのに同時に旨味が強く、激烈に美味いビールの印象(決して安い内容という表現ではなく)。2楽章の詩的な歌もこの人ならでは。途中でジャズ的な変奏の部分がありますが、クールにまとめているのも粋。
ピアノ・ソナタ 第14番『月光』:こちらは半音高い嬰ハ短調。有名な1楽章は昂ぶる感情を抑えながら細かに抑揚をつけ、その閉じ込められたパワーは3楽章で全放出。冒頭から混沌からの爆発という演奏。大きくドラマティックなうねりを作っていて、引き込まれます。
さらに、10月の来日に向けて毎月国内盤が発売されるそうです。
2014年8月27日発売
ファジル・サイ作曲:交響曲第2番『メソポタミア』&第3番『ユニヴァース(宇宙)』
2014年9月24日発売
ピアノ・ソロ(仮)
※詳細は決まり次第、追記します。
それにしても、なんという才能なのでしょうか。演奏に作曲に、公演に録音に、それぞれで強い個性を放つ正に鬼才、ファジル・サイから、ますます目が離せません。