東日本大震災の発生から3年以上が経過しました。様々な報道で被災地の復興の様子が伝えられていますが、その実態はどのような様子なのでしょうか。特に、仮設住宅にお住まいの方々はどのような想いで日々をお過ごしなのでしょうか。今回の記事では、改めて被災地復興の現状についてレポートします。結論を先に申し上げると、本格的な復興はまだまだ先のような感じを受けました。

今年も阿波踊りによる慰問ツアーに参加

5月の下旬、宮城県の被災地を1年ぶりに訪問しました。これは埼玉県南部を中心に住宅事業を行うポラスグループの社員の方々と南越谷市の阿波踊り大会に毎年参加している方々の被災地慰問ツアー(約30人、一泊二日の日程)に参加したものです。

防災庁舎

南三陸町の防災庁舎。近々取り壊される計画だという。ツアー参加者で献花と焼香を行い、津波被害の様子を思い起こした(クリックすると拡大します)

ポラスグループは宮城県名取市美田園に仮設住宅を建設。その縁で毎年一度、阿波踊りを仮設住宅で披露するというボランティア活動を主催しています。今年で3回目であり、私は踊りはできませんが、毎回ご一緒させていただいています。

ポラスグループは本社のある南越谷市で「南越谷阿波踊り大会」を主催。この大会は毎年8月中旬に行われ、毎回たくさんの人を集める大規模なイベント。大会の運営も含め社員の皆さんが中心になって参加しています。

いわばこれは地域貢献の活動であり、阿波踊りによる被災地慰問もその一環のようです。毎回、慰問ツアーには数人の新入社員の若者も参加。これも住宅事業を行う会社として、住宅の安心・安全の大切さを若い世代に理解してもらうという点で、意義深い取り組みだと思います。

今回のツアーは南三陸町→女川町→名取市閖上地区という感じで南下していくスケジュールでした。最初に訪れた南三陸町では防災庁舎を見学。女性職員の方が津波に襲われながら最後まで避難を呼びかけていた場所です。

女川町では、女川病院がある場所を訪問。ここは10数メートルある崖の上に立地しているのですが、建物がある場所から1メートルくらいの高さまで津波が来ていたことを改めて知ることができ、当時の被害の脅威を再確認する機会となりました。

復興市場には地元の産物、名産品がいっぱい

今回は訪れたいずれの場所にも地元の方々が運営する復興市場が開設されていました。そこでは地元の名産品などが販売されており、私も大した額ではありませんが購入させていただきました。というのも、私自身が復興の具体的なお手伝いをするためにはこれくらいしかできないと思ったからです。

閖上の復興市場

宮城県名取市の閖上地区に開設された復興市場の様子。地域の人たちはもちろん、観光客も訪れ賑やかな雰囲気だった(クリックすると拡大します)

実は今回と前回の訪問で違いを感じたのはこの復興市場があったこと。逆にいうと、それ以外の部分では本格的な暮らしの環境の復興は感じられなかったということになります。ここまでが1日目の出来事でした。

2日目は名取市閖上の周辺訪問からスタートしました。まず、大川中学校を見学。ここは周囲に高い建物がない中、住民の方々が数多く避難された場所です。次に訪れた場所は閖上地区にある「日和山」という場所でした。

標高4メートルほどの小さな丘で、元々は地元の神社があった場所です。ここで今回、改めて気づいたことですが、山の下には先人が残した津波の石碑があり、かつてこの場所が何度も津波被害にあっていた場所なのだということを確認できました。

日和山からすぐの場所にも復興市場が開設されていました。ここは海のすぐ側にあるということもあり、現地や宮城県各地でとれた魚介類がバーベキューなどでいただける場所。魚介類だけでなく、肉や野菜、地元の人気グルメもいただけるということで、多くの人たちで賑わっていました。

何だかここまではグルメレポートみたいになってしまいました。でもこのようなことも被災地復興の現実ですし、復興というと重い話になりがちですからこのようなお話も紹介させていただきました。皆さんも機会があったらぜひ訪れてみてはいかがでしょうか。

さて、2日目はこの後、いよいよ美田園にある仮設住宅を訪問しました。次のページではその際のことをご紹介します。