住まいのプロが提案「イエコト」/プロが提案!住まいのヒント

東京でゼッタイ見たい建物【池袋エリア・20選】(3ページ目)

「住みたい街、池袋浮上」という見出しの記事を新聞の夕刊の1面で見て少し驚きました。なんと民間調査で池袋が昨年の13位から3位へとジャンプアップしているのです! かつては「通過される街」とされていた豊島区を中心とした池袋エリアですが、実は歴史的な建造物も多く、意外に(?)文化的な側面も。今回は「住みたい街」としても注目をあびている池袋駅を中心に周辺の建築や構造物を紹介します。

喜入 時生

執筆者:喜入 時生

インテリア・建築デザインガイド

■西口公園、そして池袋の土木建造物たち


東京芸術劇場(1990年)と、池袋ウェストゲートパーク(開園1970年)

1990年にオープンした東京芸術劇場は西口を出てすぐのところにあります。設計は銀座にあるモダン建築、ソニービルのデザインで知られる芦原義信、芸術監督として俳優、劇作家、演出家の野田秀樹を起用しています。竣工した当時は三角を形モチーフにした形態操作的なフォルムが、あまりに「ポストモダン」すぎて個人的には好きな建物ではありませんでした。
うぇすとげーと

西口公園から見た芸術劇場。公園は中心に噴水があって休日などにフリーマーケットやパフォーマンスが行われています。芸術劇場では演劇を中心にクラシックのコンサートなども開かれる大ホールがあります。

建築家・磯崎新がバブルのころ、この東京芸術劇場はじめ、東京都庁舎、江戸東京博物館、東京都現代美術館、東京国際フォーラムの5つの建物を「粗大ゴミ」と発言したことはよく知られています。ですが、それから約四半世紀過ぎた今、あらめて見に行ってみると「あれ、イイな」と思いました。手前のウェストゲートパーク(正式名称は「豊島区立池袋西口公園」)とよくなじんでいて、公園と劇場が人々に親しまれて使われている雰囲気を感じるスペースでした。
かつて1990年代には、円形状のウェストゲートパークは「ナンパコロシアム」と呼ばれワルっぽいイメージもありましたが、今は拍子抜けするほど明るく健全な場所になっています。建物も街も時代とともに変化していくんですね。


ロサ会館(1968年)

1960年代末期からあって西口では一番有名な商業建物かもしれません。映画館「シネマ・ロサ」を中心にライブハウスや飲食店、そして今でもボーリング場が営業してます。ロサ会館の正面側は、その名も「ロマンス通り」と呼ばれる西口を代表する繁華街。新宿・歌舞伎町とは一味違った「昭和のワル」を感じさせる一郭です。
ろさ

会館の裏側からパチリ。壁面に書かれた「ディスコ」の文字が時代を感じさせてくれてうれしくなります!


豊島清掃工場(1999年)

池袋を歩いていて「この白いタワー何だろう?」と気になっていた人は多いのではないでしょうか。これは、ごみ焼却場の煙突なのでした。ここの焼却炉は余熱で廃棄物発電も行う発電所でもあって隣にある「豊島区立健康プラザとしま」のプールに温水を送ったりもしています。高さは約210メートルもあり東京の煙突としては最も高いのものです。ドラマ化された「池袋ウェストゲートパーク」の背景にも「池袋大橋」とともに、たびたび映りこんでいます。
せいそうえんとつ

都心にあるため周囲への煙の影響を避けるために超高層煙突になったという話もあります。これは池袋大橋方向から見た煙突。装飾のない白いタワーはアート的でオブジェっぽいですね。右に見える建物が「健康プラザとしま」です。


千登世(ちとせ)橋(1932年)

西武百貨店の前の明治通りを目白方向に歩いたところにある橋で、橋の上に目白通りがあって、明治通りとの立体交差になっています。見どころは欄干のデザイン。「ザ・アールデコ」と呼んでも過言ではない装飾が見事です。昭和初期の日本は、世界のデザインの潮流に敏感だったことが伺えます。

ちとせ

千登世橋全景(上)と欄干の上の照明設備。この照明のデザインは「ど・デコ」で見ものです。


設計は当時の「櫻田機械製造所」という橋梁メーカー。この会社は戦前に多くの橋をつくっていて、森高千里が歌にして有名になった栃木県の「渡良瀬橋」も同社によるものでした。幹線道路の立体交差との橋としては当時、珍しく、デザインだけでなく80年以上たっても使われている土木技術の高さに驚かされます。「東京都の著名橋」のひとつとしても選出されています。


「住みたい街」へと変貌した池袋の魅力とは?

以上、新旧問わずに池袋の土木も含めて建造物をいろいろと見てきました。印象としては「歴史的な施設がかなりある」「サンシャイン60と清掃工場のふたつが抜き出て高くランドマークとして機能している」「イメージとしてあった悪所的な感じが案外少ない」そして「意外に緑が多い」といったところでしょうか。

紹介しきれなかったのですが、西口の「立教大学」の図書館やチャペル、豊島区目白の「学習院大学」の数々の明治、大正時代の名建築群など、「文教エリアとしての池袋」も、かなり魅力的。そしてやや東側に菊竹清訓の自邸「スカイハウス」(1958年)や南側には宮脇檀のRC打放し仕上げの「松川ボックス」など、住宅の名作も多いことで知られている地域でもあります。まだ行ったことがないのですが「目白御殿」と呼ばれた田中角栄邸の跡地も行ってみたい。

また、大道り脇や住宅地には、設計者も名前も分からないのですが「おっ」と思わせる建物もいくつか発見しました。
きりんどう

そんな「詠み人知らず」の建物をひとつご紹介。休日は何十万人という人出があるという「サンシャイン通り」の入り口、右側付近にある木造で土壁造りの商店建築。戦後直、あるいは戦前のものでしょうか? 今は営業していないようですが、看板のネオンサインや和風の欄間などが素敵。大都会に、ひょっこりとこんな建物があるのも池袋らしい光景です。

今回、歩いてみて池袋が「住みたい街」として人気急上昇の理由が、ちょっと分かった気がします。思ったより、というと失礼ですがこのエリアはかなり「いい感じ」なのです。交通や買い物もすごく便利な大都市にもかかわらず賃貸住宅などは、他の新宿・渋谷などのターミナル駅周辺に比べると賃料も低め。「住みたい街」という選択をした人たちは賢いな、と感じました。

今回、池袋の建物を探訪してみて、さまざまな時代や様式のものが混在していましたがどの建物にも、いろいろな歴史や背景が感じられてチャーミング。これからいっそう人気が上昇していきそう。できれば、いい建物や風景は残しながら発展してほしい街です。




  • 前のページへ
  • 1
  • 2
  • 3
※記事内容は執筆時点のものです。最新の内容をご確認ください。

あわせて読みたい

あなたにオススメ

    表示について

    カテゴリー一覧

    All Aboutサービス・メディア

    All About公式SNS
    日々の生活や仕事を楽しむための情報を毎日お届けします。
    公式SNS一覧
    © All About, Inc. All rights reserved. 掲載の記事・写真・イラストなど、すべてのコンテンツの無断複写・転載・公衆送信等を禁じます