(図)ZDNet Japanより テスラ社の株価推移
同社は事業拡大に必要な現金を得るため、誰もまだ成し遂げたことのない期待の大きい事業に関して積極的な資本政策を実施してきました。それと同時にCEO自らメディアの前に姿を表し戦略的なプレスリリースを行うことで、周囲からの期待を集め長期的視点を持つ大手投資家や機関投資家から幾度も資金調達を成功させたのです。
例えば、グーグルの共同設立者サーゲイ・ブリンとラリー・ペイジ、元イーベイ社長のジェフリー・スコールらなど著名な企業家からの出資も得て、スタートアップの段階から電気自動車業界でもその存在感を大きなものにしてきました。
加えて、ここ2、3年で赤字にも関わらず株式と転換社債を発行して10億2000万ドル調達の実績を上げています。今年に入っても、すでに投資信託やヘッジファンドを含む大手投資家を対象に転換社債を発行し、すでに20億ドルの調達に成功しているのです。
さらにテスラ社は、アメリカでビッグ3が破たんしたのと時を同じくして、まだ赤字続きであったのにもかかわらず、2010年にアメリカのエネルギー省から465億円の低金利融資を受けることに成功しました。潤沢な手元資金を得たことで、その内部留保金を元に、更に他の投資家から巨額の増資に成功し、その期待の高さからナスダック上場を果たしたのです。その影響もあり、2013年には経営黒字化、残った借金も調達で得た資金で9年前倒しの返済をしました。同社の発表によると、政府からの借金を完全に返済した唯一の米国自動車メーカーとなっています。
メディアへの対応も素晴らしいものがあります。2013年の秋、アメリカ・ワシントン州でテスラ車の車両のフロント下部から発火し、車両火災に至る事件がありました。実はこの事故、高速道路を走行中、金属製の落下物に接触したことが原因なのですが、この時車両には事故時にすでに8cm近い穴が開くほどの大きな損傷を負っていたのです。
メーカーとしての責任を問われる事故でしたが、その後の対応が実に見事でした。リチウムイオンバッテリーを保護するために、チタン製のアンダーボディカバーと、アルミ製ディフレクタープレートを装備し、およそ150台の車両で路上にある落下物と床下で接触させる実験をしたのです。そしてメディアに対して、「全ての車両で、バッテリーを完全に保護する効果を発揮した」と説明しました。さらにその後、車両の保証範囲の出火を含めて、運転者の過失が原因で出火した場合も保証しています。
同社が開発した車両に対して、想定可能な車両火災事故が起こったのにもかかわらず、テスラ社の車両に対する批評がそれほど大きくならなかったのは、緊急時に対する意思決定の早さとメディアに対する迅速で効果的な対応があったからだと私は考えます。これはベンチャー企業の利点が生きた事例ともいえるでしょう。
トヨタ自動車との業務提携も大きなニュースとなりました。電気自動車とその部品の開発、生産システム及び技術に関する業務提携を結び、さらにトヨタがテスラに対して、2~3%の出資比率で総額5000万ドルを出資し、テスラ株を保有することになりました。今まで電気自動車に対して、積極的な姿勢を見せてこなかったトヨタの豊田章男社長の判断で投資指示を行わなければ、あの段階での出資は成功しなかったのではないでしょうか。
また、最近ではパナソニックと提携し、ギガファクトリー計画策定のプレスリリースを大々的に発表し、電気自動車の大量生産の可能性を提示しています。実際、EV業界においての一番のボトルネックはバッテリーだと言われています。
自動車メーカーは「革新的な技術からなるエネルギー性能の高い電池」を採用するのか、それとも「現在の電池技術を用いて大量生産する事でコストダウンすると同時に、その電池技術の完成度を高める事でエネルギー性能を上げる」選択を迫られますが、すでにパートナーとして量産投入の実績のあるパナソニックと共同で現在の電池技術をベースに大量生産を開始するという現実的な「ギガファクトリー」計画を発表しました。
すでに量産している技術を用いる事で、世界のアナリストから実現の可能性が高いと注目を集めています。この工場が完成すれば、年間50万台分に相当するEV用バッテリーパックの生産が可能になり、現在のバッテリーのコストが現在に比べて3割程度引き下がることになります。テスラ社は安価でユーザーが思わず欲しくなるような電気自動車を3年以内に作り出せると宣言していますから、この工場の果たす役割は大きく、周囲の期待を更に集めていくでしょう。
(図)Tesla Motorsのリチウムイオン電池工場「ギガファクトリー」プロジェクト
この戦略にはメリット・デメリットがありますが、市場形成がこれからという黎明期の中、世界中から人物や金を結集させるには取るべき戦略だと私は思います。しかし、知名度の低い新興自動車メーカーが、この様な発信をする場合、世界の超一流といわれる部品サプライヤーや社員や銀行や投資家を集めるのは難しいかもしれません。
マスク氏は元々自動車業界に精通する人物ではなかったため、既成概念に囚われない手法を取ることができ、また創業者であるマスク氏のカリスマ性がテスラの企業価値を高めてきていると私は考えます。また同氏は多くのベンチャー企業へ投資し、成長過程にあるベンチャー企業が如何にして企業価値を高めるべきかを自らの行動により示しているのではないでしょうか。