建築家は「ハコ」をつくるだけなの?
ここで、いちど建築家=Architectの歴史を、軽く振り返ってみまることにしましょう。たとえば、みなさんご存知のシェルチェアで有名なチャールズ・アンド・レイ・イームズ。この夫妻は日本では椅子のデザイナーとして語られることが多いですが、基本は建築家。そして映像作家でもあります(短編映像『パワーズ・オブ・テン』は名作!ご覧になったことがない方は、ぜひ観てください)。イームズ夫妻は多彩な才能を発揮していて建築家というだけでは、くくることができない活動を行っています。イームズ夫妻は、建築家仲間のエーロ・サーリネン、リチャード・ノイトラらと「ケーススタディハウス」という一連の住宅をデザインしています。ケーススタディハウスは、アメリカで戦後に増えた住宅の需要にこたえて廉価で規制の工業部材を使い効率的で、誰でも設計可能な住宅を連作した建築史上に残る実験。特にイームズ邸としても知られるナンバー8は有名で、インテリアはもちろんイームズデザインの家具が設置されています。建築、インテリアから映像までを同一にとらえたデザイナー、イームズ夫妻。ハンパないです!
さかのぼって19 世紀のイギリスの話となりますが、今は壁紙の植物や花柄のパターンで知られるウィリアム・モリスも建築だけでなく、さまざまな創作活動を行ったことで知られています。著名な赤レンガのロンドン郊外の自邸「レッド・ハウス」はフィリップ・ウェッブとの共同設計とされていることもありますが建築学校出身のモリスが主導権を握っていたのではないかとも思われます。
モリスは、建築、家具はもちろん、エディトリアル・デザイン=本の装丁などまでも行っています。フォント(書体)のデザインから、印刷物の空白部分の比率(マージン)のデザインも行いました。いまでもエディトリアル・デザイナー、装丁家の基本デザインとして、その美しいレイアウトスタイルが支持されています。「モダン・デザインの父」と呼ばれることも納得できる才人です。空間からグラフィックまでを同じ感性でとらえるセンスには脱帽。商業的にも「モリス商会」でさまざまな工業商品を販売したビジネスマンの一面ももっています。
戦後の近代の建築家を考えてみましょう。ご存知のル・コルビュジエは1934年になんと自動車の設計も行っています。「マキシム・カー」と呼ばれるそのデザインは、後のBMWイセッタ300やフォルクスワーゲン、シトロエンなどのカーデザインに影響を与えました。同時期にウォルター・グロピウス、フランク・ロイド・ライトなどのモダニズム建築家も自動車設計のプロジェクトに関わっています。このムーブメントは時代が、いわゆる「マシン・エイジ」であったという背景もありそうですが……。
イタリアの建築家、レンゾ・ピアノは日本では関西国際空港、パリのポンピドー・センターの設計で知られています。その工業的で構造やマテリアルをあえて見せる、いわゆる「ハイテック・デザイン」は、1970年代以降の近代デザインのひとつの潮流になりました。ピアノは、時計メーカーのスウォッチから、構造が透けてみえる腕時計を発表したり、イタリアで「イデア」というカーデザイン主体のユニットをつくってフィアットの自動車をデザインしています。
レンゾ・ピアノ事務所のチーフアーキテクトだった建築家の岡部憲明さんは、帰国後、2004年に小田急ロマンスカー「VSE」の車両をデザインしています。乗ってみたことがありますが、建築・インテリアを強く感じさせる仕上がりで、鉄道マニア「鉄ちゃん」にも人気です。「VSE」のVは「ヴォールト天井(半円形の天井)」の意味。建築用語ですね。ほかに日本人建築家では1994年に若林広幸さんが関西で「ラピート」という特急車両のデザインを行っています。