奪われた「郷土の誇り」

先代新田義貞公銅像台座

主無き台座のみ残る先代義貞公銅像跡

2010年2月、群馬県太田市の生品(いくしな)神社で地元を揺るがす大事件が起こりました。境内に安置されていた当地ゆかりの武将、新田義貞(にったよしさだ)公の銅像が何者かによって盗まれてしまったのです。

新田義貞公は太田市出身、鎌倉時代から南北朝時代にかけて活躍した武将で、鎌倉幕府倒幕に大きな功を成しました。群馬県の歴史や名所を詠みこんだ郷土かるた『上毛かるた』にも「歴史に名高い新田義貞」と詠まれ、地元太田市のみならず県内全体で郷土の英雄として誇られてきた存在です。

郷土の誇りとして長年愛されてきた英雄像の盗難に多くの人々が大きな衝撃を受け、心を痛めました。

挙兵の地、生品神社

生品神社境内

木立に囲まれた境内は国指定史跡に指定されています

生品神社は1333年5月8日に義貞公が兵を挙げた地と伝えられています。当初義貞公の呼びかけに応じて生品神社に集まったのは、弟の脇屋義助公をはじめ、わずか150騎でしたが、進軍を続けるうちに義貞公の志に感銘を受けた人々が次々と加わって数千騎の大軍となったそうです。鎌倉に攻め込む際に戦勝を祈念して稲村ケ崎より海中に太刀を投げ入れたところ、たちまち潮が引いて進路が開けたという故事もよく知られています。

前述の義貞公の銅像は1941年に義貞公を慕う地元小学校の教師と児童たちが勤労活動によって集めたお金を元にして建立されたもので、海中に太刀を投じる義貞公の勇姿を表した像です。1983年の挙兵650年を機に生品神社の境内に安置されました。人々の思いが沢山詰まった大切な銅像でした。

その後、多くの人々によって捜索が続けられましたが、盗まれてしまった銅像の行方はわかりませんでした。残念ながら、いまだ戻っていません。
生品神社絵馬

生品神社の義貞公の故事を描いた絵馬。義貞公の武運にあやかって「勝負運」のご利益がいただける神社として信仰されています

先代新田義貞公銅像

ありし日の先代義貞公銅像。郷土の誇りとして長年人々に愛されてきた銅像でした