CASA STELLAの夜
コーヒーピープル(メディアファクトリー)
狭い階段をのぼると、美しく発光するエスプレッソマシンとお酒の瓶。簡素なベンチに、八月の夜風に吹かれて上機嫌で集まっている人々。
彼らの多くは、阿部さんが活躍する舞台のひとつ、「エノテカバール・プリモディーネ」の常連客だった。どこの街角であろうと、そこに阿部さんとおいしいエスプレッソとお酒さえ存在していれば、良い時間が過ごせると知っている人々だ。
ひとりで訪れた私も、自然に輪に加えていただいた。阿部さんとお客さまとの和気藹々のやりとりが、初めて訪れた人間もその場に抵抗なく溶け込ませてくれる。
バリスタにいちばん必要なのは、ひとを引きよせる磁力なのかもしれない。カーサ・ステッラはひととひとが紡いだ複数の縁から誕生したお店だし、メニューもお客さまのひとりがデザインしてくれたものだ。
「すべてお客さまのおかげ。僕はなにもしてないんです」と阿部さんは笑う。
大学で土木を専攻した彼は、一度は測量士の職に就いたものの、直接お客さまと接する仕事に惹かれて、当時イタリアから日本に上陸して間もない「セガフレード・ザネッティ」に入社。イタリア人上司から指導を受けたなかで、とりわけ記憶に刻まれたのは「エスプレッソマシンは恋人だと思って扱え」という言葉だった。
エスプレッソは料理まで含めたトータルな食文化。ナポリ生活の長かったある人物が…。