『小僧の神様』の舞台は神田から京橋
志賀直哉の小説『小僧の神様』は、神田を舞台にして、1920(大正9)年に書かれている。今回はこの小説の舞台を歩いてみようと思う。ネタバレがあるので、ご了承いただいた上で読んでいただきたい。小説のあらすじはこうだ。神田の秤(はかり)屋に奉公する仙吉(13、14歳くらいの小僧)は、使いの途中で鮨をつまもうと思うのだが、金が足らずにかなわなかった。その様子を見ていた貴族議員Aが、ある日、仙吉に鮨を腹いっぱいご馳走する。仙吉は、なぜそんなことになったのか、狐につままれたような気持ちになるというもの。
さて、小説の最初は番頭2人の会話を仙吉が聞いているシーンからだ。
「おい、幸(こう)さん。そろそろお前の好きな鮪(まぐろ)の脂身(あぶらみ)が食べられる頃だネ」
「ええ」
「今夜あたりどうだね。お店を仕舞ってから出かけるかネ」
「結構ですな」
「外濠(そとぼり)に乗って行けば十五分だ」
「そうです」
「あの家のを食っちゃア、この辺のは食えないからネ」
「全くですよ」
仙吉はこの会話を聞きながら、ああ、あの鮨屋だなとわかる。時々、京橋の同業者Sに使いにやられるのだが、そのとき、前を通ったことがあり、店の場所だけは知っているのだ。