<目次>
犬のストレスは、心身にとって必要なものも
いろいろな意味で適度な刺激(ストレス)は必要だが、過度のストレスは犬でも心身に影響を及ぼすことがある
ストレスなんて、そんなものなければいいのにと思いたくもなりますが、意外にそうでもなく、ストレス(刺激)がまったくない環境で人間が過ごすとどうなるか?という実験によると、体温調節機能が低下する、幻覚を見るようになるなどの結果が得られたそうです。ストレスゼロというのも問題であり、生きていくにはある程度のストレスは必要なのだということがわかります。
たとえば、体が寒いと感じると交感神経が働いて末梢血管を収縮させ、体外への熱の放散を防ぐ一方で、甲状腺刺激ホルモンの分泌が増加して代謝を促す甲状腺ホルモンが分泌され、体内で熱が生まれて寒さに対応します。気温差も何もないところで生活し続けると、そうした機能自体も働かなくていいと思い込んでしまい、体にとっては支障が出てくることになるのでしょう。
心身のバランスを保つホメオスタシス
こうした必要なもの、また不必要なものも含め、何らかのストレスを受けた時、本来はそれに対抗しうるだけの機能を人間も犬ももち合わせています。それがホメオスタシスと呼ばれるもの。内分泌系・神経系・免疫系の3つが連動し合うことで、ストレスを受けたとしても、それをはね返すだけの力を本来はもっているのですが、ストレスが強過ぎたり、長期に及んだりした場合には、その連携も崩れ、心身に悪影響が出てきてしまいます。
もう少し詳しくお話すると……。
何らかのストレスを受けた時に副腎髄質からはカテコラミン(アドレナリン、ノルアドレナリン、ドーパミンなどの総称)、副腎皮質からはコルチゾールが分泌されるということはご存知でしょう。
別名闘争ホルモンとも呼ばれるカテコラミンは血圧を上昇させ、血糖値を上げることで脳や心臓、筋肉への酸素やエネルギー供給量を増加させたり、ケガをしてもすぐに血が止まるように血液凝固作用を高めたり、その他発汗などに作用します。
一方、コルチゾールにも似たような作用があり、心臓の収縮力を高めて心拍出量を上げるなど、その相互作用によって体がストレスに対して素早く戦闘態勢がとれるように働きます。しかし、コルチゾールが長期にわたって慢性的に分泌されると免疫力の低下を招き、思わぬ病気になってしまうこともあるのです。
また、必要以上のストレスは自律神経失調の他、心臓や血管に負担がかかることから血栓や動脈硬化などの心臓疾患を起こしやすくなる、性ホルモンの分泌が低下するなど、体に様々な影響を及ぼしてしまうことがあり、たかだかストレスなどと軽く考えることはできません。
犬のストレスの原因となり得るもの……心理・環境・身体的な要因とは
犬では、あくびがストレスサインの1つになっている場合もある
心理的なもの
- 欲求不満
- 不安
- 緊張
- 恐怖
- 淋しさ、悲しみ など
- 人との接触が少ない、逆に過多である。
- すぐ怒る、態度が荒々しいなど飼い主の態度。
- 同居犬、同居猫が増えた、飼い主に子どもが産まれた。
- 飼い主が代わった。
- 家族の中でケンカが絶えない。
- 散歩や運動が少ない。
環境的なもの
- 暑さや寒さ
- 湿気
- 騒音
- 不衛生
- 落ち着けない など
- 引越した。
- ケージに入れられっぱなしである。
- 居場所が極端に狭い。
- 知らないところに預けられた。
身体的なもの
- 病気やケガなどによる痛み、苦しさ、痒み
- 栄養の過不足
- 薬物の影響
- 運動不足、または運動過多 など
- 寝ていることが多くなった(痛みや苦しさから寝ている時間が多くなることがある)。
ただし、同じ状況がどんな犬にとってもストレスになるというわけではなく、ストレスに強いタイプ、弱いタイプもいますし、その犬の性格や状況によって差があるというのはご存知のとおりです。
犬のストレスサインとは……充血・息が荒い・下痢など
鼻の頭や口周りをなめることがストレスサインの1つになっていることも
そのヒントとなるのが、ストレスサインです。犬はストレスを受けると、何らかの形でサインを出すことがあるので、それを見逃さないようにしたいものです。
では、犬のストレスサインには、どんなものがあるのか?というと、主に以下のようなものを挙げることができます。
行動の変化:
- 落ち着きがなくなる。
- 周りの物事に対して過剰に反応する。
- 排泄の回数が増える、または減る、トイレの粗相。
- 吠える、吠え続ける。
- 同じところを走り回り続けたり、行ったり来たりする、自分のしっぽを追い駆け続けるなど、同じ行動を何回も繰り返す。
- 舌なめずりをする(鼻を舐める)、口をクチャクチャする、あくびをする、床や地面などクンクンと匂いを嗅ぐ、ある行動の動作がゆっくりになる、などのカーミングシグナルが見られる。
- 自分の体の一部分をしつこく舐める、掻く、噛む。場合によってはその部分が脱毛していたり、皮膚が炎症を起こしていたりすることもある。
- 体が震えている、体全体が硬く緊張している。
- 息づかいが粗い、呼吸の乱れ。
- 脱毛や乾燥肌、フケ、アレルギー症状など被毛や皮膚に変化が表われる。
- 下痢、便秘。
- 食欲の低下。
- 目が充血している、目が緊張している。
- 攻撃的になる。
- 活気がない、何もしようとしない。 など
ご覧になっておわかりのように、犬の一般的な行動や症状と同じ、または似ているものが多く、これらの様子が見られたからといって短絡的にストレスと結びつけてしまうのも考えものです。
もしかしたら、何らかの病気の影響でその行動が出ているのかもしれませんし、あくびもストレスサインの1つとされますが、単純に眠くてあくびをしている場合もあります。ストレスがあるのかどうかを考える時には、状況や環境をよく考慮してご判断ください。
なお、同じ場所を行ったり来たりする、自分の体の一部をずっと舐め続けるというような、同じ行動をしつこく何度も繰り返すものは、強迫行動(常同行動)と言われます。
人間にも強迫性障害という病気があることをご存知の方は多いと思いますが、犬にも似たようなものがあるわけです。そのため、人間の強迫性障害の研究にも犬が使われることがあります。
強迫性症状の発症頻度が他犬種より高いとされるドーベルマンを対象にした近年の研究では、セロトニン受容体遺伝子座が強迫性障害の重症度に関連するという他、いくつかの遺伝子の関与が考えられるとしていました(*1)。
また、人、犬、マウスの遺伝子を用いた人間の強迫性障害についての研究では、4つの遺伝子変異がこの病気と関連があるとしており、犬の場合は強く関連する遺伝子は5つで、「犬は驚くほど人間によく似ている」と研究者は言っていました(*2)。
たとえば、何度も手を洗わないと気がすまないという症状の場合、通常であれば、手を洗った後にはその行動に対して脳がストップをかけるところ、「ストップ」に関連する遺伝子が変異していることから、なかなかうまくストップがかからず、延々と手を洗い続けてしまう、ということのようです。
こうした遺伝子変異をもっていると必ず強迫性障害が発症するというわけではありませんが、ただ、ストレスなど何らかのきっかけによって発症しやすくはあるようです。よって、犬に強迫性症状が見られ、仮に遺伝子が関連するとするなら、治せるよう努力をしつつも、ある程度は仕方のないことと思ってあげる必要もあるのかもしれません。
犬のストレスの原因はできるだけ排除
いずれにしても、犬にストレス症状があり、その原因がはっきりとわかっているなら、それを排除してあげることが一番です。それができない場合は、できるだけその原因から遠ざけてあげられるように努力してみましょう。犬のストレスの解消には何より発散させること!
手っ取り早いのは、たまったストレスを発散させてあげることです。運動させているハツカネズミと運動をさせていないハツカネズミに対してストレスを与えてみたところ、前者の方がストレスに対して順応性が高かったという研究結果もあり、それがそのまま犬にもあてはまるかどうかは別として、人間であっても有酸素運動はストレス解消にもってこいだと言われます。
実際、何らかのストレスにより困った問題が出ている犬では、運動不足も要因になっている場合があり、運動をさせることによって問題が軽減することもあります。適度に体を動かしたり、遊んだりすることはストレス解消、そしてストレス回避の強い味方となってくれることでしょう。
ただし、過度の運動は逆にストレスの原因となることがあるので、やり過ぎないようにご注意を。
犬にもアロマによるリラックスは効果的
アロマを使用するのもいいが、中には注意を要するオイルもあるので、初めて使用する際にはよく調べてから
沈静効果のあるエッセンシャルオイルとしては、ラベンダー、イランイラン、サンダルウッド、ローマン・カモミール、スィートマージョラム、クラリーセージ、フランキンセンスなどがあります。疲労感のあるストレスにはローズマリーやペパーミント、ジュニパー・ベリー、レモングラスなど。それぞれ単独で使用するのもOKですが、2~3種類を混ぜることで香りも豊かになります。
ただし、ローズマリーは刺激性が強く、高血圧やてんかんのある犬には不向きですし、濃度によっては吐き気や頭痛を引き起こす可能性もあり、その他、妊娠中の人は注意を要するオイルなどもあるので、使用する場合にはオイルの効能や使い方などをよく調べてからにしましょう。
犬のストレス解消のツボマッサージ
続いて、アロマでまったりしながら、ツボマッサージというのはいかがでしょう。何かで緊張している時には、攅竹(さんちく)というツボを刺激してみるのもいいかもしれません。犬にも眉毛があるとして、眉頭にあたる部分です。
人で言う眉毛の内側先端(眉頭)を優しく刺激
少々見つけにくい場所なので、小指の先や綿棒などを使って刺激したほうがいいかもしれない。
これらのツボは人でも同じなので、自分も一緒にやってみるといいだろう。
ツボというのは微妙なので、愛犬に施す前に、自分の体でやってみると力の入れ加減や、どの辺が気持ちいいのかがわかると思います。
ストレスに強いコに育てる
これまで何度も書いているように、十分に社会化がなされた犬はストレス耐性も高いとされています。ストレスに弱ければ、感じるストレスもより強いものになってしまうでしょう。何をストレスと感じるか、またその強弱は個々によって違いますが、なるべくストレス耐性の高いコに育てるということは、その子犬の将来を考えても意味あることではないでしょうか。
現在、子犬と暮らしている方は、社会化のためにも是非いい体験をいっぱいさせてあげてください。そして、ストレスなんかに負けないコに育ててあげましょう。
参考資料:
(*1)Genomic risk for severe canine compulsive disorder, a dog model of human OCD / Dodman, N. H. et al. / Int. J. Appl. Res. Vet. Med. 14, 1–18 (2016)
(*2)Integrating evolutionary and regulatory information with a multispecies approach implicates genes and pathways in obsessive-compulsive disorder / Hyun Ji Noh et al. / Nature Communications 8, Article number: 774(2017), doi:10.1038/s41467-017-00831-x
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