産後クライシスのデータに隠されたマジック

ただし、NHKが産後クライシスの“根拠”として示しているベネッセ次世代育成研究所のデータ(詳細についてはまだ分析中で速報版しか公表されていない)は、「配偶者と一緒にいると本当に愛していると実感する」についての回答のみである。

たしかに出産後2年で、この問いにYESと答えた妻の割合は、夫のそれよりも明らかに低い。しかし同じ調査で「私と配偶者は幸せな結婚生活を送っていると思う」という割合については、男性も女性もそれほど大きな差はない。つまり、結婚満足度については男女に大差はない。

しかも、夫が自分で思うより、妻は家事・育児を助け合っていると感じているし、「(配偶者が)私の悩みや不満によく耳を傾けてくれる」と感じている割合も夫婦でほぼ一致しているし、「(配偶者が)私の仕事、家事、子育てをよくねぎらってくれる」の割合も、「愛していると実感する」ほどの差はない。

●ベネッセ次世代育成研究所「第1回妊娠出産子育て基本調査・フォローアップ調査」

これをどう読むかという問題はすっとばされてしまっている。卵が先か鶏が先かという問題は当然あるし、「愛していると感じる」という質問をはじめ、かなり主観的である。

そもそも夫婦関係における愛情尺度や満足度尺度測定の妥当性については心理学の分野でもまだ十分に議論が尽くされていない。結婚初期と中高年期とでは別の尺度をあてはめるべきではないかという議論もある。妊娠から出産後はまさに夫婦のOS(オペレーティングシステム)が変化する時期であり、それを同じ尺度で比較することの妥当性も本来は議論されるべきことだ。

だからといって“根拠”とされるデータそのものの信憑性を疑うつもりはない。大変貴重で示唆に富むデータであることに変わりはない。産後クライシスというありふれた現象の一端を如実に表しているデータではある。しかし、このデータから産後クライシスの全体像を描き起こそうというのは無理がある。1本の木だけを見て森を語るようなものだ。
書籍の中では「なぜ妻の愛が冷めるのか」という点ばかりに着目し、考察が進み、夫の愛も冷めているのに、その要因に対する論考がほとんどされていない。それでは夫の落ち度ばかりを描く本になるのは当然だ。

この調査に協力し、番組にも協力している菅原ますみさんは、この分野の第一人者であるし、ほかの媒体でもこのデータをもとに夫婦関係を良好に維持するためのアドバイスをしている。しかし、私の知る限り、決して「産後クライシスは夫の無理解・無神経によって生じる」とは結論づけていない。


※このNHK流データ分析の怪しさについては、ブログ「『産後クライシス』とデータリテラシー」に詳しく書いた。