『ザ・ビューティフル・ゲーム』観劇レポート
北アイルランドの青春群像を鮮やかに普遍化する、ダイナミックな舞台
『ザ・ビューティフル・ゲーム』記念撮影をする少年たち 写真提供:オフィス・ミヤモト
日本に住む私たちにとって、北アイルランド紛争はあまりなじみのない問題かもしれません。1922年にアイルランド自由国が発足した際、英国からの移民の 多かったアイルランド北部の6州は、イギリス連合王国に残留。これに端を発した北アイルランド紛争は、「カトリック対プロテスタント」の宗教対立のように思われがちですが、本質的にはこの地方の帰属を巡る(英国かアイルランド共和国かという)、政治問題です。98年に和平合意が成立したとはいえ、問題の解決には程遠く、暴力事件も散発的に発生。その影響で2000年にロンドンで初演された『The Beautiful Game』の結末も、やるせなく暗いものでした。
「紛争」はいまだ完全な解決には至っていませんが、年月の経過とともに、事態は少しずつ沈静化。これを見て、作者のアンドリュー・ロイド=ウェバー(作曲)、ベン・エルトン(脚本)は「今だ!」と思ったのでしょうか。結末などあちこちに手を入れ、2009年、『The Boys in the Photograph(写真の中の少年たち)』と改題してカナダで上演しました。今回、日本で上演されているのはこの改作版にあたります。
筆者にとってアイルランドは取材、休暇含め20回以上訪れている愛着のある島で、現地で交流した数多くの人々の中にはもちろん北アイルランド人も含まれますし、ベルファーストでは装甲車に遭遇といった体験もしています(拙著『アイルランド旅と音楽』『アイルランド民話紀行』で詳述)。思い入れが強いためか、ロンドン版を観た際には、「純粋な少年でさえ紛争に巻き込まれてしまう現実を、世に訴える」というコンセプトには共感できても、ネガティブに巻き込まれたままで終わる結末にはすっきりしないものを、またアイルランド音楽がわずかしか使われていない点においても、物足りなさを感じたものでした。
『ザ・ビューティフル・ゲーム』獄中のジョン(馬場徹)と囚人仲間たち 写真提供:オフィス・ミヤモト
以降も藤田さんは劇場空間をフルに使い、キャストをしばしば客席空間に登場させますが、その一つ一つが理にかなっていて、物語を客観視させる上でも、逆に 観客を登場人物たちの世界に引き込む上でも効果的。遠い時代、遠い街の物語をリアルに感じられるよう、ダイナミックでありながら綿密に練り上げられた演出です。
またキャストの皆さんの、体に一本筋が通ったように真摯な演技も、注目に値します。一幕はサッカーチームの練習と試合の周辺で起こる恋愛と衝突、そして思いがけない事件を描きますが、チームの中でただ一人プロテスタントの家柄に生まれ、トーマス(中河内雅貴さん)ら一部のチームメイトに嫌われるデル(平方元基さん)は、カトリックの少女クリスティーン(フランク莉奈さん)と恋に落ち、一方サッカーは下手だが人懐こいジンジャー(藤岡正明さん)は、ベルナデット(野田久美子さん)と初キス。
この二組のカップルには両者とも、語らい、デュエットを歌うシーンがあり、ともすると後者のシーンが退屈な焼き直しに見えかねないのですが、演じる4人が キャラクターをしっかりと体に入れていることで、デル&クリスティーン組は「こんな故郷は捨てて新天地へ行こう」と願い、ジンジャー&ベルナデッ ト組は「この故郷でつつましく暮らそう」と夢見るという、当時のベルファーストの若者たちが抱えていただろう対照的な二つの思いを、くっきりと並列して見せています。理性的でリベラルなデル&クリスティーンの平方さん、フランクさんはすっきりとした長身のお似合いカップルで、ラブシーンも健康的。不器用な ジンジャー像を楽しそうに作っている藤岡さん、彼をお姉ちゃん的に見守る野田さんカップルも微笑ましく、初キス直後の悲劇がいっそう際立ちます。
『ザ・ビューティフル・ゲーム』結婚式でのジョン(馬場徹)とメアリー(大塚千弘) 写真提供:オフィス・ミヤモト
『ザ・ビューティフル・ゲーム』プロテスタントの少女(谷口ゆうな)写真提供:オフィス・ミヤモト
ところで前述の通り、本作の音楽面ではアイルランド伝統音楽を取り入れたナンバーは少ないのですが、今回は1幕のナンバー「ビューティフル・ゲーム」や2幕冒頭の結婚式シーンで、直立したまま足でステップを踏むアイリッシュダンスが振付に取り入れられ、アイルランド・ファンはちょっとにんまり。また、シリアスな物語を和らげる要素として、今回は69年当時の雰囲気を反映させたお洒落な衣裳(小林巨和さん)が目を楽しませてくれます。キャストの皆さん、それぞれお似合いなのですが、個人的にベストドレッサーを挙げるなら、チェックのミニスカートと黄色いハイソックスが脚線美を引き立たせていた、野田久美子さん。 そしてパープルという難しい色のベスト&ベルボトムを見事に着こなしていた、小野田龍之介さんです!