リーマンショックで3億円の資産が1/6に!失意のどん底へ

株主優待で生活をしている桐谷広人さん

株主優待で生活をしている桐谷広人さんのおうちを直撃しました!

桐谷さんが株を始めたのは、84年の将棋棋士時代。プロ棋士としての収入以外にも、将棋の著書を出したり、レッスンで教えるなど、「それなりに収入を得ていた」という桐谷さん。当時、失恋したことをきっかけに、毎月50万円ずつ貯めていたお金を元手にして株をスタートします。

そして、時代はバブル期へ――。資産はみるみる増えて、評価額は一時3億円にも! しかし、その後ほどなくしてバブルがはじけると、資産も激減。そんな桐谷さんを、さらにリーマン・ショックの悪夢が襲います。

「3億あったはずの資産が4000万円台にまで下落したんです」

画面を開くと信用取引で「マイナス5000万円」の数字が――

運悪くというべきか、当時の桐谷さんは、デイトレーダーとして信用取引で1日1000万円の売買をしていました。

「サブプライムローン問題で株価が暴落したんだけども、“こんなに安いわけない
現在の姿からは想像もつかない苦悩があったといいます

現在の姿からは想像もつかない苦悩があったといいます

”と思ってね。2008年1月から信用取引で1000万円ずつ買っていたんです。そしたら3月にベア・スターンズ投資銀行を政府が救済して一時的に株が戻った。それを見て“やっぱり下がれば上がるんだ!”と思ってしまったんです」

「あそこまで谷が深いと思わず」、さらにどんどん買いすすんでいった桐谷さん。1日30~40銘柄を信用取引して、寝ても冷めても頭は株のことばかり――。数秒ごとに画面をクリックしては、信用取引で「マイナス5000万円」などという額を目にし、背中を冷や汗がつたっていく。焦燥感から、夜もほとんど眠れなかったと言います。

「船井電気を主力で買っていたんですが、100株で117万2000円から買い下がり、112万、105万、90万、80万…それでもどんどん買いました。もちろん信用取引で。けれど、そろそろ底だろうと思っても、一向に止まる気配がない。75万、60万円、57万…ほとんど我慢比べでしたね」

結局、下落が収まったのは9万円になってから。おまけに気が動転したせいか、エプソン株の購入単位を間違えて買ってしまうという凡ミスまでする始末。

「今思えば損切りすればよかったんだけど、ナンピン買いしたら、100株30万円だったのが5万円になっちゃった…。毎日1000万円ずつやられてましたね

いよいよ覚悟を決め、“資産が3000万円まで減ったら株の売買をもう辞めよう”と決意。3000万円でこの先の老後をどうやって暮らしていくかを当時の日記に書き綴っていたほど、気持ちが追い詰められていたのです。

次のページでは、桐谷さん復活のエピソードです

桐谷 広人さんプロフィール
1949年広島県出身、将棋棋士・投資家。日本テレビ系のバラエティ番組『月曜から夜ふかし』で現金を使わず、株主優待のみで生活をする姿が話題になった。現在はテレビ、雑誌、書籍などで幅広く活躍し『桐谷さんの株主優待生活』など著書多数。

取材・文/西尾英子 撮影/松本英明 パネルデザイン/引間良基

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