ミュージカル/ミュージカル・スペシャルインタビュー

石丸幹二、地平線を広げて【Star Talk 2】(3ページ目)

正統派の甘い二枚目から老優、復讐鬼まで幅広く演じ分け、今や日本を代表するミュージカル俳優の一人である石丸幹二さん。充実の日々をどうとらえ、どんなヴィジョンを持っていらっしゃるでしょうか?

松島 まり乃

執筆者:松島 まり乃

ミュージカルガイド

人生を生き抜く原動力
――ミュージカル『モンテ・クリスト伯』観劇レポート

『モンテ・クリスト伯』石丸幹二、花總まりundefined写真提供:東宝演劇宣伝部

『モンテ・クリスト伯』石丸幹二、花總まり 写真提供:東宝演劇宣伝部

原作は、岩波文庫版で7冊にも及ぶ長編小説『モンテ・クリスト伯』。「陰謀によって船乗りの青年が無実の罪を着せられ、孤島の牢獄に14年間繋がれる」→「同じく囚われていた神父に偶然出会い、あらゆる学問を教えられる」→「神父の死体とすりかわって孤島を脱出し、神父の遺言に従って発見した財宝によって“モンテ・クリスト伯爵”に生まれ変わる」→「自分を陥れた悪人たちを破滅に追い込んでゆくが、復讐の空しさを知り、新天地へと去ってゆく」…という、一つ一つの出来事は奇想天外な物語ですが、これがデュマの手にかかると実にスムーズ、かつ「頁を繰る手が止まらない」ほど、スリリングに描かれています。

この名作小説を、いったいどう3時間弱の舞台にまとめあげるのか。これまで上演された、ジャック・マーフィー(『ルドルフ』)によるスイス版と韓国版の脚本の“いいとこどりをした(演出・山田和也氏)”という今回の“第三のバージョン”はなるほど、日本人の感性にフィットする、味わい深い「人生の物語」にまとめ上げられています。

一幕冒頭、不幸の発端である物語背景がスクリーンで説明されると、舞台はさっそく、結婚間近のエドモン(石丸幹二さん)、メルセデス(花總まりさん)の抱擁から始まります。幸福の絶頂を表現するデュエットは、ふわふわとした甘美な曲調ではなく、明るくもドラマティック。のっけから歌い手の喉を全開にさせる作曲家、フランク・ワイルドホーン節が炸裂します。
 
『モンテ・クリスト伯』石川禅undefined写真提供:東宝演劇宣伝部

『モンテ・クリスト伯』石川禅 写真提供:東宝演劇宣伝部

続いて婚約パーティー。宴たけなわという時、悪人たち(メルセデスに横恋慕するモンデゴ、エドモンの出世を妬むダングラール、自分に都合の悪い手紙を持っていたためエドモンを裏切る検事ヴィルフォール)の謀略により、エドモンは牢獄に送られてしまいます。この“悪人三羽烏”を演じているのが、ひねった姿勢や発声で屈折した男の心情を表現する岡本健一さん、金に憑りつかれた男を明快に、楽しそうにすら演じている坂元健児さん、優秀さと冷酷さを台詞と強靭な歌声で表現する石川禅さん。声質も個性も異なるこの3人が短いシーンで役どころを的確に表現し、後に受ける復讐に説得力を与えます。
 
『モンテ・クリスト伯』石丸幹二、村井国夫undefined写真提供:東宝演劇宣伝部

『モンテ・クリスト伯』石丸幹二、村井國夫 写真提供:東宝演劇宣伝部

エドモンとメルセデスの、離れ離れになりながらのデュエット、そしてメルセデス単独のナンバーを通して、恋人たち、とりわけメルセデスの変わらぬ愛はしっかりと描かれます。演じる花總さんはかなりの高音まで地声で歌い、愛の強さを丁寧に表現。しかし月日は流れ、モンデゴからエドモンが死んだという嘘を吹き込まれ、メルセデスはモンデゴの妻に。いっぽうエドモンは獄中で、同じく囚われの身のファリア神父と出会います。村井國夫さん演じる神父はエドモンよりも独房生活が長いにも関わらず、意外なほどの快活さでエドモンを感化し、人間を超越した存在を感じさせます。
 
『モンテクリスト伯』濱田めぐみundefined写真提供:東宝演劇宣伝部

『モンテクリスト伯』濱田めぐみ 写真提供:東宝演劇宣伝部

『モンテ・クリスト伯』岸祐二undefined写真提供:東宝演劇宣伝部

『モンテ・クリスト伯』岸祐二 写真提供:東宝演劇宣伝部

脱獄したエドモンが海を泳ぐうちに迷い込むのが、海賊船。女海賊ルイザ率いる荒くれ者たちの開放感溢れる場面が、暗い牢獄シーンと好対照をなし、ほっとさせます。人の過去は詮索しないというさばけた女ボス・ルイザは、原作には無い、面白いキャラクター。ダブルキャストで、この日は濱田めぐみさんがのびのびと演じ、エドモンの友人となる気のいいジャコポ役・岸祐二さんも、ロックな衣装が良く合い、魅力的です。

しかし陸に戻ったエドモンは、メルセデスや悪人たちのその後を知り、復讐を決意。大迫力のナンバー「地獄に堕ちろ!」で一幕の幕が下ります。歌詞や曲調のどぎつさにも関わらず、観客にすっきりとした気分で休憩を迎えさせるのは、個人の復讐というより「正義がなされるべきだ」と訴えるエドモンのスタンスと、石丸さん本来の清廉な声質がぴたりと合っているためでしょう。(このナンバーに乗せたダイジェスト映像がアップされています。)
 
『モンテ・クリスト伯』坂元健児undefined写真提供:東宝演劇宣伝部

『モンテ・クリスト伯』坂元健児 写真提供:東宝演劇宣伝部

『モンテ・クリスト伯』石丸幹二、石川禅undefined写真提供:東宝演劇宣伝部

『モンテ・クリスト伯』石丸幹二、石川禅 写真提供:東宝演劇宣伝部

そして2幕はいよいよ「倍返し」!詳細はこれからご覧になる方のお楽しみのため割愛しますが、原作ではじっくり遂行されるリベンジは、舞台版では鮮やかな成敗として描写。本作のゴールが実は復讐の成就ではないことが、次第に浮かび上がります。かたくななエドモンの心がいくつかの出来事を経て溶け、再び温かさを得てゆく様を、石丸さんは前ページのインタビューでも言及したナンバー「あの日の私」で重厚に、幾重もの声の襞を駆使して表現しています。

そのエドモンの変化を決定づけるのは、ファリア神父の亡霊。神父の言う「希望を持て」という言葉は、「人間は何歳になっても生き直すことができる。その原動力は“復讐”などという負の力ではなく“希望”なのだ」という、作品のメッセージにも聞こえます。そして主人公たちが自らの力で手繰り寄せる、ポジティブな結末。原作とは異なるものの、本質的に人生を肯定するメディアであるミュージカルにおいては、あるべき形と映ります。「復讐冒険活劇」の形をとってはいますが、様々な出来事を乗り越え、長い人生を生き抜いてゆく人間の精神を力強く鼓舞する寓話として、深い余韻を残す幕切れです。

(なお、一幕の間は高台の上で芝居が展開することが多く、一階席前方の方は見上げている時間が長くなります。これからチケットを取るなら、二階席が見やすいかもしれません。)

12月8日夜の部の終演後には、石丸さん、花總さん、濱田さん出演のトークショーが開催されました。演出の山田さん司会のもと、開幕しての感触や衣裳についてなどの話題が展開。山田さん曰く、「このカンパニーは大ベテランの村井國夫さんはじめフランクな方が多く、稽古中は互いのシーンについて意見を言い合ったりと、学生演劇のようなムード。そのいい空気感が本番の舞台にも反映されていると思う」とのこと。
 
『モンテ・クリスト伯』彩吹真央undefined写真提供:東宝演劇宣伝部

『モンテ・クリスト伯』彩吹真央 写真提供:東宝演劇宣伝部

石丸さんが「マント捌きは(エルザ役の)彩吹真央さんがアドバイスしてくれたんです」「村井さんと抱き合うシーンでは髭やかつらが絡み合い、外すのにちょっと苦労している」と語れば、花總さんは「今日はコインを拾った後、手すりを掴みそこねました」。濱田さんも「革素材のブーツと衣裳がくっついて捌きが大変」(山田さんによると、エルザの衣裳は映画『マッドマックス サンダードーム』のティナ・ターナーのイメージでという注文がワイルドホーンからあったそう)と告白(?!)し、和気あいあいとしたカンパニーの様子を垣間見せてくれました。

*公演情報*『モンテクリスト伯』2013年12月7~29日=日生劇場、2014年1月3~5日=梅田芸術劇場、1月11~12日=愛知県芸術劇場大ホール、1月18~19日=キャナルシティ劇場
http://www.tohostage.com/montecristo/index.html
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