石丸幹二インタビュー(2013年)
石丸幹二 1965年愛媛県生まれ。東京音大でサックス、東京芸術大学で声楽を学び、在学中に劇団四季オーディションに合格。1990年、『オペラ座の怪人』ラウル子爵役に抜擢されデビュー。劇団四季在籍17年間に多数の作品に主演。09年にフリーとなってからは、コンサート、朗読劇、ミュージカル、ストレートプレイ、映画、ドラマなど、多岐にわたって活躍。(C) Marino Matsushima
『モンテ・クリスト伯』日本版は独自のバージョンに?!
――ミュージカル『モンテ・クリスト伯』は、これまでスイスと韓国で上演されていますが、資料を読んだ限りでは、デュマの原作小説と異なる部分も少なくないようですね。特に結末には驚きました。「確かに原作とミュージカル版は違う部分がいろいろありまして、韓国版とスイス版でも重要なポイントが異なったりします。その部分が日本版でどうなるか、は実はまだ決まっていなくて(注・インタビューは8月に行われました)、これから舞台を創りこむ過程で決めましょうという話になっています。より日本のお客様、特に女性が納得できる形になっていくんじゃないかな。映画版でも、原作と違う筋立てになっているものもあるし、そういうふうにいろんなバージョンがあるべき物語だと思いますので、そこは楽しみにお客様にお待ちいただいていいのではないでしょうか」
――演出のみならずストーリー自体フレキシブル、というのは珍しいですね。例えばロイド=ウェバーのRUG(リアリー・ユースフル・グループ)の作品では考えられない形態です。
「ディズニー・ミュージカルでも考えられないですよね。でも、今回は音楽すらフレキシブルです。先日、作曲家のフランク・ワイルドホーンが来日して歌のレッスンをしてくれたんですが、『あなたの魅力が一番出るメロディにしよう』と、目の前で譜面に手を入れていました。理由を尋ねると、『ここに書かれているものをあなたが歌って、あなたの良さが最高に表現できなければナンバーの意味がない』とおっしゃる。とっても柔軟な人なんだなあと思いました。それは僕と(恋人役の)花總まりさんのデュエット曲でしたが、彼は『秋にもまた来日するから、その時全部の曲をトライしよう。楽しみだね』と言うんですよ。そういう意味で、僕らなりのオリジナルな舞台が出来そうで、わくわくしています」
『モンテ・クリスト伯』タイトルロールの石丸さん。写真提供:東宝演劇部
「ミュージカル版の台本では、決闘相手の若い恋人が訴えてくるシーンがありまして、そこで主人公は過去の自分を思い出し、“赦し”の気持ちが芽生えます。その次のシーンで『あの日の私』というナンバーがあり、そこで本当の意味で(モンテ・クリスト伯の心に)ストッパーがかかるんじゃないかと、私は今、解釈しているんですが」
――「あの日の私」は公式HPでも画像アップされているナンバーですね。そちらを聴いていますと、中盤、若い恋人たちに言及して「あの幸せを」という歌詞のところで、それまで張っていた声をすとんと引いていらっしゃいます。モンテ・クリスト伯はあの瞬間に覚醒したのでしょうか。
「そのように楽譜に書かれていることでもあって、こちらの技の見せ所でもあります。ダイナミックレンジで、フォルテから突然ピアノに変わり、聞いている人はそこで心理的な変化が起こっているとわかる。今おっしゃったようにとらえるのが正しいのかなと思います。あの画像が撮られた時(コンサート『ワイルドホーン・メロディーズ』)は、指揮者の塩田(明弘)さんが分析され、おそらくここはこういうことだから、高度差を大きく変えてみようとおっしゃってくれて、あのように歌ったのです」
――この一曲で作品の核が表現されていたのですね。
「いい曲をお客様にお出しできたなと思いました」
声を選び、歌を作り上げる極意
――この曲でもそうですが、石丸さんの歌唱を聴いていますと、ご自分の声を楽器的にとらえていらっしゃるように感じます。声の表現の引き出しが豊富で、楽曲を分析しながら知的に歌唱を作り上げられている、というか……。「声が一番響いてきれいなところはきっちり出さなくちゃいけないと思いますから、そういう意味では楽器的なアプローチで、声を出すポジションがいろいろあるなかで、どれがいいのか慎重に考えます。作曲家によってもアプローチは変わりますね。ワイルドホーンの場合、女性のナンバーは特にそうですが、地声をそのまま高くひっぱっていくのが効果的で、切迫感が出ます。ただ、リスクも高くてですね(笑)、負担がかかる。歌い手泣かせではあるんですが、だからこそいろんな声の種類が出せる。『ジキル&ハイド』など、海外版を聴くといろんな声で歌っていますね。だみ声で歌ってたり、つやのあるテノール歌手みたいな声で歌ってる人がいたり。いろんな正解があるんだなあと思いますが、ワイルドホーンに共通しているのは、すべて体力がないと歌えない。まず体力ありきです」
ワイルドホーン作曲『ジキル&ハイド』タイトルロールの石丸さん。写真提供:東宝演劇部
「筋トレです。アスリートと同じように、歌のためには特に口のまわりの筋肉がフルに動くよう、トレーニングするんです。ワイルドホーンは特に、トレーニングしてないと出ないような声を要求して来ます。オペラ歌手並みの筋肉が必要なんですね。皆さん何もおっしゃいませんが、ワイルドホーン作品を歌う人たちは相当歌いこんでいる筈です。
人間って面白いもので、限界を超えると次の限界に行けるように体が進歩していくんですよね。舞台本番はその限界同様の状況になるので、日常生活ではその準備として、わざと喉に負荷をかけたりもします。ただ鍛えるのじゃつまらないので、楽しく。ワイルドホーンに出会って喉、特に地声の部分は強くなりましたね。ロイド=ウェバー作品では艶を出すことが求められますが、それとちょっと違う部分、強い声を出すことが求められるので、新たにそのトレーニングをしています。種目が変わった感じ。こうして引き出しがどんどん増えて行くといいんですけどね」
歌い手として目指す境地
――最終的に、どんな歌い手をめざしていらっしゃるのでしょうか?「つぶやきで人の心を動かせる。そういう歌手を目指しています。いろんな声の表現がありますが、僕が一番好きな歌手がアンリ・サルヴァドールという歌手でして、彼は80歳超えてからのアルバムで、普通に喋っているみたいに歌っている。それで十分、人の心を打てるということに気づいたんです。囁く声だけでもお客さんの心を動かすことが出来るんだと思った時に、今後の目標はそこだなと思ったんですね。その部分でも人の心をつかめるような歌手を目指しています」
『エリザベート』トート役の石丸さん。写真提供:東宝演劇部
「多種多様なものに貪欲に挑戦していますね。というのは、あと残された“表現できる”年数を考えたら、あまりゆっくりはしていられない。そういうことを、もちろん考えます。(俳優人生は)引き算だと思ってますから。50歳になったら、若い人の役は厳しくなってくるでしょうし、60になったら求められるものも、肉体的な部分も変わってきます。そうなると、出来るものはやれるうちにやっておかないと。『エリザベート』のトートもそうですね。あれは生きている人ではないので(笑)、年齢設定はないのですが、ああいうケレン味のあるものはなるべく若いうちにやっておくといいなと思ったし、小池(修一郎)さんの世界も経験できるチャンスでしたし。いろいろな演出家の方と巡り合っていきたいと思うと、こういう(休む間が無いという)ことになるんですね(笑)」
――どんな出会いを求めていらっしゃるのですか?
「出会いというか、”知りたい”と思う気持ちです。この人はいったいどういうことをするんだろうか、僕の体を通してどんなものを引き出してくれるんだろうか。そういうことに対する興味です。最近、串田和美さんの演出で『兵士の物語』に出演しましたが、串田さん、今71歳でいらっしゃるんですよ、そのお歳には全く見えないでしょう? 彼の、いつまでも“追い求め続けるパワー”にかなり触発されました。僕に対しても、より“上”を求めて下さるんですね。ぜひこの舞台、多くの人に見てもらいたいという気持ちで(本番を)終えることができたんです。こういう思いをしていくために、次々に新たなチャレンジをしていきたい。多くの才能と触れ合うことがとても大事だと思っています」
話題が専門的になればなるほど、目が輝き、踏み込んでお話下さった石丸さん。以前は、例えば『思い出を売る男』の、人の心をそっと癒すようなナンバーなど、繊細な表現で唯一無二の魅力を放って来た石丸さんですが、近年続く“アクの強い”役柄の歌唱は、理想の表現者に向けて引き出しを増やすための一過程であるようです。『モンテ・クリスト伯』はそんな役柄の集大成になる予感。作曲家が石丸さんの声に触発され、書き変えてさえいるという楽曲ともども、その仕上がりが大いに期待されます。
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