浅利慶太著『劇団四季メソッド「美しい日本語の話し方」』(文春新書)Photo by Marino Matsushima
日本語のカギは母音にアリ。「母音法」
どうすれば、言葉を正確に、美しく聞き手に届けられるか。『劇団四季メソッド~』著者の浅利慶太さんはある日、小澤征爾さんとの音楽談義をヒントに、「一音一音を分離させる」ことの大切さに気付いたそうです。イメージとしては、真珠のネックレス。粒がきれいに揃い、等間隔に並んだ真珠が美しいように、一音一音が分離していれば、言葉はきちんと伝わる。この「音の分離」を可能にするのが、母音を活用したトレーニングです。まず、「ア・イ・ウ・エ・オ」の五つの母音のフォームを確認し、次に台詞を「母音だけ」で発声。例えば「はじめまして」なら、子音をとりのぞき、「ア・イ・エ・ア・イ・エ」と母音だけで練習します。このとき、「学校(アッオー)」の「オー」など、二拍分用いる「長音」や、「明日は雨(アイアアアエ)」の「アアア」のように、同じ母音が続くが響きを変えて意味を鮮明にする必要がある「連母音」などに注意します。
明晰に母音を分離する感覚を体に入れ込んだら、再び子音を乗せて練習。これが、母音法の概要です。劇団四季の俳優は、ミュージカルでもストレートプレイでも、役につくと前もってすべての台詞を母音化トレーニングした上で、稽古に臨むのだそうです。
『夢から醒めた夢』夢の配達人役の道口瑞之さん(右)。撮影:荒井健
ただ、頭で理解するのと実践するのは別。たとえば、日本語には母音は5つしかありません。世界中の他の言語と比べても、少ないですよね。でも母音が少ないというのは、楽なのではなく、逆に大変なんです。曖昧に発音してちょっとでも違って聞こえたら、別の言葉になってしまう。曖昧さを排し、「ア」母音なら「ア」、「イ」母音なら「イ」と明確にしなくてはならないので、奥が深いんです。
それと、母音法って、けっこうな肉体労働なんですよ。顎と唇だけで喋るわけではなくて、腹筋を動かして『ア・イ・ウ・エ・オ』を体に叩き込み、それと口を連動させて喋る。いわば、お腹から糸が繋がっていて口を動かしているようなイメージです。ある程度メインの役なら、母音法で台本を3回さらうと、汗だくになります(笑)」
“いい役者”を作るのは、長い息。「呼吸法」
かつては精神論的なアプローチで発声を試みる演劇人もいたそうですが、浅利さんは科学的に人間の発声メカニズムを研究。そこから、お腹から声を出し、役者にとって不可欠な“長い息”に慣れるための「呼吸法」を編み出しました。初心者でも実践しやすいように、浅利さんは『劇団四季メソッド~』で、まず仰向けに寝て体の各パーツの力を抜き、腹式呼吸に慣れることから、順を追って解説しています。(このあたりは、ヨガをやっている方なら「ヨガレッスンと同じだ!」と親しみを抱くかもしれません。)次に、1カウントで鼻から息を吸って10カウントで息を吐く……1カウントで吸って20カウントで吐く……と、少しずつブレスを長くする。さらに、1カウントで吸い、劇団が作成した「レギュラー表」に沿って「アイウエオ イウエオア ウエオアイ エオアイウ オアイウエ」と、一行をワンブレスで発声。これをワ行まで行う……といった具合です。(←腹筋を動かしますので、ダイエットにも良さそう?!)。
『コーラスライン』ボビー役の道口瑞之さん。撮影:上原タカシ
劇団内には、1カウントで吸って100カウントまで吐ける人もいるけれど、さすがに僕は無理ですね(笑)。でも皆、60、70カウントぐらいは普通にやりますよ」
言語感覚が研ぎ澄まされる「フレージング法」
母音法、呼吸法が肉体的なトレーニングだとしたら、フレージング法は言語感覚をフルに駆使する、頭脳面のトレーニング。一つの台詞を、読点(「、」)の通りに区切って喋るのではなく、まずはその台詞がどういう構造になっているかを分析し、意味合い(想念)の変化(これを劇団では「折れ」と呼びます)が起こっているところで息を吸う、というものです。『劇団四季メソッド~』では、福田恆存訳『リチャード三世』の、次の台詞が例文として登場します。やっと忍苦の冬も去り、このとほり天日もヨークの見方。あたり一面夏の氣に溢れてゐる。
この台詞を、どう喋るべきか。多くの人は句読点の通り、三つにわけて喋りがちだが、劇団四季なら「やっと忍苦の冬も去り」と「このとほり天日もヨークの見方」の間にはリエゾンが起こるととらえる、と浅利さんは書かれています。この「リエゾン」とはどういうことかというと……。
(C) Marino Matsushima
台詞を聞いているほうは、“折れ”の変化がなく、ずっと同じ出どこで喋られてしまうと、つまらないですよね。ここが役者の腕の見せ所。一つ一つの台詞を料理するにあたって、お客様に美味しく召し上がっていただけるよう、論理的に分析した上でこういうテクニックを使ってお出ししています。
どこが小折れ、大折れというのは、時には演出家から事前に指定される場合もありますが、まずは、俳優個人個人のアプローチが尊重されます。もっとも、台本を的確に読めていれば、本来、その台詞で語られなくてはならないことと、大きくずれることはありません。また作品として成立していなければ、演出家に指摘されます。微妙なところで“もっといい折れ”を発見できれば、そちらに変更されることもあります」
道口さんも出演経験のある劇団四季オリジナルミュージカル『ユタと不思議な仲間たち』撮影:荒井健
なお、『劇団四季メソッド~』は演劇関係者のみを対象とした本ではありません。むしろ、文中では度々、「プレゼンテーションや結婚式のスピーチなどにも役立ちますよ」などと、一般の人々に向けてアピール。著者・浅利さんの、「話すこと」が教育の場から排された結果、世界的にもコミュニケーション下手になってしまった現代日本人に対する“祈り”が感じられます。劇団が近年、このメソッドをもとに全国の小学校で開催している「美しい日本語の話し方教室」に度々、参加している道口さんも、思いは同じようです。
(C) Marino Matsushima
*道口瑞之(どうぐちみつゆき)*茨城県生まれ、立教大学卒業。96年劇団四季入団、『エクウス』で初舞台。『ユタと不思議な仲間たち』ヒノデロ、『ライオンキング』スカー、『美女と野獣』ルミエール、『ハムレット』ルシアーナス役などを好演。取材時は『コーラスライン』ボビー役の稽古まっさかり。「(以前にも手掛けた役ですが)一足飛びにすごい演技はできないので、少しずつ積み重ねていい芝居にできれば。とにかくよく喋る役ですが、みんな大事な台詞なので、一言一言、大事に取り組んでいます」。『コーラスライン』上演中~2013年9月23日=自由劇場 http://www.shiki.jp/applause/chorusline/