森麻季さんの911の体験
ガイド大塚(以下、大):今回のリサイタルは「911」に行われますが、どのような思いが込められているのでしょうか?森麻季さん(以下、森):はい、アメリカ同時多発テロ事件が起きた2001年9月11日は、ちょうどワシントン・ナショナル・オペラで翌日から上演されるオペラの最後のリハーサルの日だったのです。劇場は、ワールドトレードセンターと同じくハイジャックされた飛行機が墜落したペンタゴンの隣の駅にあったこともあり、「早くこの街から離れて!」と、大変な厳戒態勢でした。その日はさすがに練習がなくなりました。
大:なんと! それは怖かったですね。
森:はい、戦争って、映画などでしか見たことがなかったので、びっくりしました。そして、ニュースで「またいつテロがあるか分からないので、人が集まるところには行かないように」とずっと言われていて、当然オペラの公演はなくなるような大惨事だったのですけれど、翌12日から始まる公演は中止にならず、上演されたのです。
大:そうなのですね!
森:それまでは「今日は上手に歌えるかしら」とか「今まで練習してきたものが最大限に活かせるかしら」などと考えて舞台に臨んでいたのですけれど、この日ばかりはさすがにそういうことは一切なくってですね、「もし一人でもお客様が来てくださったら、束の間であっても、悲惨なテロを忘れて、楽しんでいってもらいたい」という気持ちが強くなって、皆が力を結集させて上演しました。
とっても思い出に残る公演になり、私は1幕だけの出演だったのですけれど、その時点で早くもスタンディングオベーションになって、お客様が「ありがとう!」とか「芸術が平和を呼ぶように!」などおっしゃって、舞台に詰め寄ってくださったりしました。
大:それは厳しい状況の中でも、上演して良かったですね。
森:はい、そういう経験はそれまでになく、「音楽はこう人の気持ちを動かしたり、一つの気持ちにさせるのか」と、音楽の力を目の当たりにした瞬間でした。
それまでは「音楽は社会に貢献できない……」という気がしていたのですけれど、自分が活動していくことによって、音楽だって人の気持ちを動かすというか、音楽の力を借りてみんなで祈りを捧げたりすることができるんだな、と思う一番最初のきっかけになりました。
大:なるほど。
森:そして、何か目的があって、みんなで気持ちを一つにできるようなコンサートを実現したい、と思っていたところ、2009年8月5日の夜に、広島国際会議場という平和記念公園の隣にあるホールで、各国の首相なども迎えて、亡くなった方や戦争に対して、祈りを捧げるコンサートが行われ、参加させていただくことになりました。
広島の市民の方が合唱をしてくださって、これもとても心に感じるところがあるコンサートで「こういうことを私はやりたかったのだな」と思いました。
そしてテロから10年目の2011年9月11日に1回目の『~愛と平和への祈りをこめて~』リサイタルをさせていただくことになり、準備を始めていたところ、3月11日に東日本大震災があって……。自分の国にも大変なことが起こってしまい、その2つに思いを込めてリサイタルを行いました。
大:そうだったのですね。
森:去年は8月6日と9日に広島と長崎でモーツァルト作曲のレクイエムを歌わせていただいて、それもとても心に深く刻まれるコンサートでした。不思議とつながっているように思います。
音楽の力を借りて、会場の皆様と共に、災害であったり、戦争であったり、亡くなった方を思い出して、祈る機会を大切に、ずっと続けていけたらなぁ、と思い、今回が2回目のリサイタルになるわけです。