おまけ:『青ひげ公の城』に見る“男女の記憶の相違”
と、本当はここで記事は終わりなのですが、この公演の直前に、井上さんは東京芸術劇場にて、バルトークのオペラ『青ひげ公の城』の上演も控えているので、合わせて質問しちゃいました。こちらもかなり意欲的内容のようですよ。■バルトーク:歌劇『青ひげ公の城』
【東京公演】
日時:2013年9月13日(金)19:00~
会場:東京芸術劇場 コンサートホール
曲目:オッフェンバック(ロザンタール編曲):バレエ音楽「パリの喜び」
バルトーク:歌劇「青ひげ公の城」
指揮:井上道義
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
照明:足立恒
青ひげ公:コヴァーチ・イシュトヴァーン
ユーディト:アンドレア・メラース
吟遊詩人:仲代達矢
【大阪公演】
日時:2013年9月27日(金)19:00~
会場:フェスティバルホール
曲目:同上
指揮:井上道義
管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団
青ひげ公:コヴァーチ・イシュトヴァーン
ユーディト:アンドレア・メラース
吟遊詩人:晴雅彦
大:『青ひげ公の城』は、舞台で歌手が歌う通常のオペラのスタイルではなく、オーケストラの前で歌手が歌うコンサート形式なんですよね?
井:はい、そうです。『青髭公』は通常のオペラとして上演しても面白くないんです。
大:分かります。動きが少ないんですよね。
井:そうなんですよ。ちょっとつまらないんです。オーケストラがピット(オペラの際にオーケストラが入る半地下の演奏場)に入っちゃうと良い音がしないので、コンサート形式でステージにオーケストラを載せたい、というのもあります。オーケストラ自体が出演者なので、僕はオーケストラ自体に光を当てたいです。
大:この作品は、青ひげ公とその新しい恋人ユーディトの2人の会話で成り立っていますよね。
井:この2人は男と女の代表です。男の記憶は、女の記憶と違うらしい。女は上書きをするが、男は上書きができない。男女の話で言うと、男にとっての初恋の女というのは、女にとっての初恋の男より大事みたい。女にとって初恋の男というのは、ほとんどどうでもよいみたい。忘れちゃっているみたいな。
そうした記憶の引き出しの作りの違いがオペラのテーマになっていて、すごく面白い。
大:なるほど。青ひげ公の城には過去の女性の死体がいっぱいあることが明るみになる、という不気味なストーリーですが、そう言われると、とても合点がいきます。
井:そうなんですよ。そのままに解釈してもいいけれど、はっきりとした記憶が彼の頭の中にいつまでもある。今連れてきた女も並列にある。彼の過去を消すことができない。それを女は耐えられない。だからそんな城には入りたくない。でも好きだから仕方なく入る、という内容です。
大:なるほど!
井:見て楽しい作品、というのとは違って、ストーリーの奥にあるものが面白い。ならば、喧嘩してもしょうがないな。そういう本来異なる生き物である異性を受け入れるか受け入れないかが問題で、恋愛できるか否かがある、というようなすごく深い内容で面白い。それに、また音楽がすごく良くできている。内容は内容で面白いんだけど、それを本当に音楽化している。
いろんな色の音楽が出てくる。金色の部屋では、本当に金色のような響きがするし、氷といったら氷のような音がする。このマジックは面白いですよ。
大:演出はしないんですよね?
井:いや、ありますよ。まず、真面目に照明をつけます。永年一緒にやっている足立恒さんによる照明で。歌手には衣装も着てもらいます。象徴的で、お能のようなあり方で。明らかに演出っていう演出です。
大:いやいや、これは楽しみですね。このオペラは、単に気味の悪い演出のものが多いので、この知的な上演は興味深いですね。
井:僕もグロテスクな演出をたくさん見せられてきました。でも、本当は、誰にでも分かる、受け入れられる話だと思います。
だからこそ、王様が王様の格好しちゃったり、実際に記憶の中にある女がそれぞれ黄色の服を着ていたりしちゃわないで、誰もが想像で自分の世界を加えられるような演出にしています。
大:僕は青ひげ公が女に「本当に次の部屋を見たいのか?」とか言いつつも、結局は次の部屋に連れていくのに男のだらしなさを感じます(笑)。
井:(笑)。男はナルシストだから、隣の部屋に連れていっちゃうんですよ。自分の過去をしゃべりたいんだよ。「オレ、あれやったぞ、これもやったぞ。すげえんだぞ」みたいな。女から見ると、子どもっぽいです(笑)。
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いやー、とても洗練された上演になりそうですね。楽しみです!