マンガを作る人たちのマンガ、『重版出来』
仕事や生活で壁にぶち当たった時、ふと手に取ったマンガに元気を与えてもらった経験が、皆さんにもあるのでは無いだろうか。ではそのマンガを”作る人たち”が壁にぶち当たったら?それを描いたマンガが『重版出来(じゅうはんしゅったい)』だ。
物語は唐突に就職シーンから始まる
主人公の黒沢心(くろさわしん)は元柔道選手。金メダルを目指して稽古に励んできた。そんな彼女が金メダルを断念せざるを得ない状況に陥った時、自分が柔道以外で何をしたいのか、何が出来るのかを自問自答する。そして彼女は、自分が柔道を始めるきっかけにもなった「漫画」を作りあげる出版の世界へと飛び込んで行く。
物語は、スペックからは生まれない!
しかし「編集者」は人気職種。優秀な人材が集まりやすい。柔道一直線だった主人公がまず直面するのは採用試験である。スペックが重視され、すべてが履歴書の項目で評価される中で、彼女は柔道で培われた「忍耐」や「所作」(もちろんその前の筆記も頑張った訳だが)そして何よりも「勝負運」でそれを乗り越えて行く。
生命力、体力、勝負強さといった、通常であれば評価基準にならないはずの”スペックを超える魅力”によって選考を次々と突破していくさまは、読んでいて実に小気味良い。
業績や数値目標でのみ評価される時代にあって、それ以外の部分や本質を評価してくれる人達が周りに集まって来たのもまた、主人公の人徳(キャラ徳?)かもしれない。
大御所先生も・新人作家も……
物語の中では大御所先生も、新人作家も、編集も営業もみんなが一緒に苦悩している。”読み手に面白い漫画を届ける”ただ、それだけの為に。それぞれが人生のステージも役割も違う中で、時に思い悩み、立ち止まり、涙しつつ、漫画が世に広まり人に愛される事を願い、それぞれの立場で努力を重ね、より高みを目指していく。主人公の黒沢心がボロボロになりながらも誠実にひとつひとつの問題に取り組んでいく姿や、ベテランの編集者達でさえも一人の作家が作品を作る現場には容易に入り込めないという限界などを描きながら、「編集部」を中心に物語は進行していく。特に大御所先生が悩みの中から抜け出るシーンは圧巻だ。黒沢心以外のキャラクターもそれぞれ個性が強く魅力的。仕事の「運」を貯めるために、せっかく当たった宝くじをこっそり山羊に食べさせてしまう出版社社長や、仕事に本気で取り組めなかった新人営業が次第にやりがいを見つけて行く過程など。
黒沢心はもちろんのこと、この漫画の中では登場人物みんなが主人公。それぞれがそれぞれの問題に直面し、それを解決しながら、互いにチームとして大きくなっていく様子に感動する。本当の編集部の現状をこの漫画だけで理解出来るとは言わないが、仕事の中で、仕事を通して成長していく面白さと、社内外がチームとして動く出版業界の独特の文化が理解出来る。
漫画好き、出版社に興味がある人はもちろん、仕事や生活に壁を感じている全ての人に読んで欲しい一冊だ。