貧乏を扱った映画なのに全体的に漂う大作の風格
■おすすめの理由山本周五郎の『赤ひげ診療譚』の映画化です。
黒澤明監督は、複数の物語を描いた短編集を、共同脚本の小国英雄、菊島隆三、井手雅人と共に、養生所とむじな長屋の群像劇に集約し、未熟な医師・保本の目を通して描く連続性を持った話にしました。
同じく周五郎の原作を映画化し、同年に公開された田坂具隆監督の『冷飯とおさんとちゃん』とは異なるアプローチがなされています。このあたり、監督の個性が垣間見えるようで面白いです。
江戸時代、長崎帰りの青年医師・保本(加山雄三)は、親の勧めで小石川療養所で働くことに。彼はそこで出会った「赤ひげ」の異名を持つ名医の新出(三船敏郎)に感化され、医者として本道に目覚めてきます。
黒澤は、撮影所に養生所や長屋の巨大なセットを組み、雨といえば大雨、雪といえば大雪を降らせ、風鈴といえば風鈴を一斉に鳴らしたりもします。
ハイドンを思わせる佐藤勝の音楽も大いに効果を発揮し、貧乏を扱った映画なのに全体的には大作の風格が漂います。
その点で、ヒューマニズムにこだわった黒澤映画の集大成といわれ、事実、三船敏郎との名コンビもこれが最終作となりました。
黒澤は山本周五郎の大ファンで、この『赤ひげ』以前にも周五郎の『日々平安』を『椿三十郎』(62)として映画化し、『赤ひげ』以後も『季節のない街』を『どですかでん』(70)として映画化しています。
『日々平安』の主人公の侍は映画の三十郎のような剣豪ではありませんし、黒澤もできれば原作通りに描きたかったといいます。
そして彼の遺稿脚本は周五郎の『雨あがる』(00年に黒澤組のスタッフが映画化)でした。
黒澤は本当は強い人間ではなく、周五郎が描くような弱さやはかなさを持った普通の人を描きたかったのかもしれません。
■赤ひげ
監督:黒澤明
主演:三船敏郎、加山雄三
発売元:東宝