そしてアメリカでパッチワークキルトが花開く


アメリカを新天地としてピューリタンがメイフラワー号でイギリスを後にしたのは1620年。その後イギリスはじめヨーロッパから大量の人々がアメリカに渡り1776年の建国を迎えるわけですが、最初の人々が入植した東部、ニューイングランド地方と呼ばれる一帯では開墾が一段落し人々の暮らしが落ち着いてくると1700年ごろから布地を所有できる富裕層がパッチワークキルトを作るようになります。

1700年代の終わりから1800年初めごろにはニューイングランドの中流家庭の女性たちの一部がかつてイギリスの貴婦人が作っていたようなぜいたくなパッチワークを作り始めますが現在の私たちが認識するようなキルトが生まれるのはそのすぐ後。

「軍服のパッチワーク」1865-75年頃、152.4×152.4cm  19世紀にキルト作りは療養中の負傷兵の心を癒す精神療法として取り入れられた。中心の八角形を囲むたくさんの四角いピースの中にはマルタ十字、星、勲章、王冠などが描かれている。恐らくウェールズ連隊の兵士が制作。(Ron Simpson所有)

「軍服のパッチワーク」1865-75年頃、152.4×152.4cm 19世紀にキルト作りは療養中の負傷兵の心を癒す精神療法として取り入れられた。中心の八角形を囲むたくさんの四角いピースの中にはマルタ十字、星、勲章、王冠などが描かれている。恐らくウェールズ連隊の兵士が制作。(Ron Simpson所有)


1820年代産業革命で紡績とプリント工場がニューイングランドで稼働し可愛らしいプリント布の「キャリコ」が生産され、気軽に買えるようになると実用と装飾を兼ねたパッチワークキルトが大流行。英国スタイルを踏襲しながらもアメリカ独自のパターンや合理的なデザイン構成が生まれ、ここから全米各地に広がり、1850年ごろまでにはアメリカ全土で全盛期を迎えることになります。

キルトの歴史をひもとくとそれは地球上の人々の動きに沿いながら広がり発展していくことがわかります。今回はキルトがアメリカが誕生する以前から存在していたこと、そしてアメリカ初期でどんな風に広まっていったかをお話しました。

画像提供:パッチワーク通信

 



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