ピヴィレヌ唯一のアルバム?
ガイド:ピヴィレヌとしての唯一のアルバム『One』は、1980年にリリースですが、これは、ELL-001となっていますから、レーベルとしても第1弾として力を入れてくれていたんですか?
HIKO:
はい、でも、プレス代は自分たちで出しました(笑)。マスタリングは、東京まで行って、東芝EMIスタジオでさせて頂きました。
ガイド:
「コンピューター占い」や「あやつり人形」は、スピード感があるニューウェイヴ的サウンドが基本にして、パンクでありつつも、当時のテクノポップ的な要素も歌詞やアレンジも取り入れていますよね。
コンピューター占い (YouTube)
HIKO:
ぶっちゃけて言いますと、みんなが好きだったのは、エルビス・コステロ、XTCとか、そしてパンク系も好きでした。僕は、ジェネシスやビートルズも好きでした。いろんなのが、4人分ぐちゃぐちゃに混じっていると思います。
ガイド:
じゃ、特に自分たちはニューウェイヴ・バンドだという意識はなかった?
HIKO:
全然なかったです。
ピヴィレヌの勉強部屋
ガイド:「恋愛」は、アルバムの中では多少異色で、スカですね。やはり、当時流行っていた、スペシャルズとかマッドネスとかのツートーンの影響ですかね?
HIKO:
そうですね。ポリスも好きでしたし。1日6時間くらい、みんな毎日練習したんですよ。先ずは、おばあちゃんを騙して、勉強したいから、勉強部屋を作ってくれと言って(笑)。それをみんなでスタジオのように大改造して、こもったのです。
ガイド:
「みんなのうた」には、メディアに対するちょっと皮肉ったメッセージがありますね。バンドとしてどういうメッセージを出そうというスタンスとはあったのですか?
みんなのうた (YouTube)
HIKO:
ひねくれ者が集まっただけです。反体制的な。
ガイド:
「モンゴル」っていう不思議なタイトルの曲が入っていますね。どうして、モンゴルなんですか?
HIKO:
西洋だけではなくて、アジアに目を向けたいと。壮大なモンゴルをイメージしたのでしょう、やつは。 ちなみに歌は全曲、この勉強部屋で録っています。
ガイド:
アルバム最後のインスト曲「‘」は異色ですね。こうして、全曲を聴いてみると、ポップでロックンロールしつつも、実験的要素もあって、不思議な感触がある作品ですね。
HIKO:
これは、元々曲じゃなかったんです。エンディングで変な事をやろうとして、キヨト君が弾きながら、僕がウィーンと回転を変えていったんです。おまけですね。
ガイド:
ピヴィレヌは、このアルバムの発売の年に解散となる訳ですか? これからって感じがするのですが、どうして?
HIKO:
ケンカしました。毎日、狭い部屋に6時間も一緒にいると、イライラして、どうしても仲違いするじゃないですか。でも、今は仲いいですよ。