yuriy

ユリィ

今年の夏、ウクライナに行ってきた訳ですが、その際取材を快く引き受けてくれたのが、mamamusic。レーベルのCEOは、ユリー・ニキティン(Юрий Никитин)氏です。元ミュージシャン、そしてメンズファッションも手がけたユリーは、ウクライナポップ界の先駆者。彼にウクライナポップの歴史、レーベルの成り立ち・使命、そして今後の展望を語ってもらいました。

New Ukrainian Music

ガイド:
こんにちは、ユリィ。キエフに滞在中、ウクライナのアーティストたちと話す機会が持て、大変光栄です。ウクライナの音楽の歴史により理解を深めたく、あなたとこうしてお話ができるのは貴重です。あなたは、ウクライナのショービズの世界に20年以上もいるのですよね。

ユリィ:
はい。1990年にレコード会社を始めたんだ。

ガイド:
それは、まだソ連が崩壊して間もない頃ですよね。

ユリィ:
そう。ウクライナの音楽には二つの時代があります。ソ連が崩壊する前とその後。僕たちは、1991年以降をニューウクラニアンミュージックと呼びます。

ガイド:
オールドウェイヴとニューウェイヴみたいなもんですね。

ユリィ:
そうですね。

ガイド:
ソ連以降、ウクライナのポップミュージック・シーンはどのように始まったのですか?

ユリィ:
僕たち、5人、そして、イリナ・ビィリクのような僕たちが一緒にやり始めたアーティストたちがいました。でも、インフラはまだ出来ていなかった。この領域で僕たちは仕事がしたかった。何も無かったところから、インフラを造り上げ始めたんだ。音楽コンテンツ、レコーディング、ミキシング、プロモーション、コンサートまで自分たちで全部、造ることから始めたんだ。