欧州のサンタにまつわる「大人の事情」

でも、サンタを信じていてほしいとか、思ったことがない。欧州のオリジナルのサンタはなまはげと一緒で、「良い子にはプレゼントをあげるけど、悪い子にはあげないよん」という、子どもの行いをコントロールするために大人が使うフォークロア、子どもをモノで釣るという、全くの大人の事情である。

で、子どもたちの方も結構知恵があるので、実際にくれているのがサンタだろうが誰だろうが、現物がちゃんと支給される点さえ約束してもらえれば、「いい子」にする。宗教も伝承も、その他いろいろなファンタジーも、つまるところ社会的に要請された倫理教育のツールとしての役割の方が大きい。サンタを信じていようが信じていまいが、大切なのはそういう宗教行事が持つ規範的なファンタジーを共有し、身を任せ、参加することだ。参加することに意義がある。

成長するということは、世の中の色々を知ったり発見したりして大人になることだ。大人になるということは、大人が負うべき役割を引き受け、成熟していくことだ。子どもに、永遠にサンタを信じていて欲しいと願うのは、ずっと子どものままでいて欲しいと願うこと、成熟しないでいて欲しいと願うことなのかもしれない。あぁ、だから私は共感しそこねたのだ。

「サンタはいる。いるとも」という共犯関係

「サンタって本当にいるの」と聞かれたら、私は間髪入れずに真顔で「いる。いるとも」と言い張ってきた。「フィンランドにたくさんいて、みんなで一斉に世界中に配達に出るんだよ。大変なんだぞ、サンタの仕事は」。もう高校生になった娘だって、小学生のころから真実を知っているはずなのだけれど、お互い「だよな、サンタはなかなか大変だ」と頷き合う。

真実がどうかとか、信じるとか信じないとか、そもそも仏教や神道の国のひとのくせにそんなこと議論したって野暮だ。遠い異国のファンタジーの共有という、共犯関係。多分それが、キリスト教国でもないのにクリスマスを祝い続ける不思議の国ニッポンの家族の、洒落心なのだ。



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