お金持ちは「かっこわるい」というアンケート結果を考えてみる

2011年、金融広報中央委員会が「お金についての意識」という調査結果を発表しました。調査は全国の小中学生6万9千人。調査の設問は、「お金が一番大切であるか」「お金よりも大事なものがあるか」「お金持ちはかっこいいか」「法律違反でなければ、どんなことをしてお金を稼いでもいいか」だそうです。

アンケートを通じたマインドコントロールは、よく使われる手法ですが、ある特定の価値観へ誘導したい主催者の思惑を感じます。設問自体が論理的ではないし、この結果から何を得てどうしたいのかもわからない。こんな調査にお金と時間をかけてやる意味があるのか……。

たとえば「お金持ちはかっこいいか」という質問。そもそも持っているお金の量は、かっこよさや悪さや測る尺度なのでしょうか。この調査は、お金を持つことをさげすむような価値観を醸成し、それを公表することで洗脳教育をしたいのかもしれません。テレビのドラマやアニメなどでも、たいていお金持ちは傲慢なキャラクター設定がされていますから、そういう固定観念ができてしまうのかもしれません。

「清貧」という言葉。これは「私欲を捨てて行いが正しいために、貧しく生活が質素であること」という意味です。身分制度と土地に縛られていた明治以前の時代ならともかく、現代は自分の生活を最適化させるために、移動も職業の選択も自由です。そもそも「私欲を捨てて行いが正しい」ことと、「貧しく生活が質素」ということは両立するのでしょうか。向上心とはある意味私欲ですし、行いが正しいなら(人の役に立つ行為をすれば)貧しいということにはなりにくいでしょう。犯罪を犯す人の属性からも、むしろお金がないためにおこる問題のほうが多いと感じます。

現代社会では、「自分の力で自分の人生を切り開く力」とは、「自分の力でお金を稼いでいく力」と同義です。ちょっと極端かもしれませんが、これからは「勉強して良い大学に行き、良い会社に就職しなさい」ではなく、「勉強して人の役に立ち、自分で稼げる人材を目指せ」という教育の方が時代に合っていると感じます。つまり子供には、「お金持ちはかっこいい!」と言ってあげたほうが生きる力につながるし、勉強意欲にもなるのではないでしょうか。

私たち大人も、「自分にはお金がない」→「だからくやしい」→「お金なんて重要じゃないと思いたい」→「お金がなくても幸せなはずだ」→「お金では買えないものがある」→と自分を慰めるロジックに巻き込まれてはいけない。「負けるもんか」「自分だってやってやる」「こんなもんじゃ終わらねえぞ」という向上心をつねに持っておきたいものです。

もしダンナが、「お金よりも愛が大事。家族がいつも一緒なら、貧乏でもいいよね!」と会社に辞表を出し無職になって帰ってきたら、「あなたステキ!」と喜んでくれる奥様はいるでしょうか。
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