COREDO日本橋の4階に入居する天ぷら魚新

テナント店ながら威厳を感じさせる同店店頭

テナント店ながら威厳を感じさせる同店店頭

お江戸・日本橋を挟んで高島屋サイドにそびえ立つCOREDO(コレド)日本橋。COREDOとは街の核(CORE)となるように、との思いから名付けられたネーミングです。そんなCOREDO日本橋で飲食店が集結する4階に、「天ぷら魚新」があります。テナント店でありながら、上品さ、高級感が漂うシンプルなエントランス。並んでいる人がいない際には、ちょっと入店を躊躇してしまいそうになるかもしれません。

ランチタイムは、近隣のビジネスマンを中心に、ショッピング途中のご婦人方など、落ち着いた大人の方々が中心客層でしょうか。お昼はお手頃な値段のメニューが掲げられているので、ご安心のほどを。

創業は1890年(明治23年)

赤坂の鮮魚店を源とする同店の創業は、1890年(明治23年)。鮮魚店はその後、店頭での販売に加え、赤坂の花柳界料亭への仕出しを行います。1970年(昭和45年)に、仕出し・出張料理業へと業態を変え、1980年には六本木に「天ぷら魚新」をオープン。その店舗が2004年(平成16年)に日本橋へ移転し、今に至っています。では天ぷら魚新がその歴史をスタートさせた1890年とは、どんな年だったのでしょう……。

地下鉄日本橋駅から直結しているCOREDO日本橋

地下鉄日本橋駅から直結しているCOREDO日本橋

第一回衆議院選挙が行われ、第一回帝国議会を開催。政治的には新時代の第一歩が刻まれた年ですね。東京初の高層建築物として浅草に12階建ての凌雲閣が誕生。日本初のエレベーターも設置され、浅草の新名所として大きな賑わいをみせます。また、教育ニ関スル勅語、いわゆる教育勅語の発布、新聞の挿絵に初めて写真が使用されたのも1890年のことです。

時の内閣総理大臣は山縣有朋。そんな時代背景の中、同店もその歩みを始めています。

では、赤坂の鮮魚店を源とする天ぷら店へと参りましょう