1980年以降に統廃合等で閉校となった小学校は、vol.1で紹介した大阪市内21校、vol.2で紹介した神戸市内22校(統合により新設された小学校が、再統合で名称変更した場合も含む)ありました。京都市で、同じく1980年以降統廃合で閉校となった小学校はというと、その数なんと54校!大阪、神戸の倍以上。両市の閉校数を合わせても京都市内の閉校数に遠く及びません。

しかし「京都市内の人口の落ち込み方は半端ないな。」なんて結論はいささか早合点です。では、なぜ、54校が12校(小中一貫校含む)に淘汰されたのでしょうか?このあたりの事情を説明するには、京都市中心部の小学校の歴史をしっておく必要があります。

近代的学校教育制度のさきがけ~番組小学校

現在の上京区/下京区を中心とした京都市内中心部には自治会組織として「番組」というものがかつて存在しました。その番組毎に小学校が創設されたのが明治2年。その時にできた64校の小学校は「番組小学校」と呼ばれ、自治会所機能も併せ持つ「地域コミュニティの拠点」的な小学校でした。全国的に学校建設がはじまったのが明治5年の「学制公布」以降であり、番組小学校は日本で一番古い「学区制小学校である」といわれています。

というわけで、京都市内中心部にあった小学校は生徒数/世帯数等を基につくられたのではなく、町内会毎に作られたのでそもそも学校数が多かったというのが大きな特徴です。京都市内の小学校統廃合数が大阪市/神戸市のそれよりも倍以上多いのは、「小さな範囲に多くの小学校があった」というのが大きな理由です。

統廃合を経て大きくなった「今の学区」とは別に、番組小学校の学校区であったエリアは「元学区」として現在も町の自治等の単位として機能しています。「元学区」のエリアや小学校統廃合に関しては京都市教育委員会により作成された「京都市の学校統合の一覧」と「京都市の学校統合状況地図」をご覧下さい。

統廃合状況に続いて、次のページでは、各小学校の児童数を見てまいりましょう。