伝統の“911フィーリング”は健在
取材車は、鮮やかなイエローのカレラSだった。都合、1000km以上をともに過ごしたが、まずは超優秀なグランツーリズモに仕上がっていたというのが第一印象だった。ホイールベース延伸とサスペンションシステムの熟成が利いているのだろう。乗り心地には、もはや911らしさであったフラット&ハードな印象が希薄である。けれども、着座位置がかなり低く、さらに重心高も下がっているから、地を這って走るという感覚は以前より鮮明だ。ダッシュボードのメーター配列とあいまって、伝統の“911フィーリング”は健在である。
コンソールまわりはカレラGTを一層ラグジュアリィにしたかのようなデコレーションで、スポーツカーらしからぬ上質さ。ずっとともに過ごすぶんには、たしかに豪華な方が気分もいいけれど、もっとシンプルな見栄えを好むという911ファンもきっと多いはず。
エンジン音には痺れた。ノイズではなく、はっきりとクリアな音質になった。しかも、スポーツモードにすれば、アクセルオフ時の爆裂音までスーパーカー並に演出されていて、思わず“ポルシェよ、オマエもか”と叫んでしまったほど。これもまた、古くからのファンには邪魔かも知れないが、新しいファンは喜ぶことだろう。
“らしい”楽しさは薄れたが、最新らしく速くて楽しい
付き合っている間、高速道路を途中で降りて、ワインディングを目指したこともしばしばだった。なぜなら、これまた十分以上のパフォーマンスで応えてくれたからだ。ただし、それは以前の911風味ではない。リアエンジン・リアドライブ(RR)という、言ってみれば奇矯なパッケージングをもはや微塵も感じさせない、一個の完成したレイアウトのスポーツカーとして楽しめた。たとえば、くるりと腰を回して曲がっていくようなコマ感覚がなくなったかわりに、そうとうなレベルで四肢が路面へと食いつき、恐ろしいくらいにどこまでも安心して踏んでいけそうだ。“らしい”楽しさは確かに薄れたけれども、いかにも最新スポーツカーらしく、速くて楽しい。
結局のところ、半世紀以上をかけてRRというスポーツカーには不向きなパッケージを成熟させていくということは、スリル満点の走りとの“お別れ”でもあったのだ。それをして味の濃淡を問うのであれば、やはり、原点回帰してゆくしかない。歴史のあるスポーツカーとは、そういう風にいろんなテイストのグラデーションを楽しむものかもしれない。